1980年代にヒット曲を生んだアイドル以外の女性歌手

1970年代は、アイドル歌謡以外にも、歌謡曲、フォークソング、ニューミュージックなどといった多様なジャンルから有望な若い女性歌手が次々と誕生しました。
荒井由実(松任谷由実)、中島みゆき、竹内まりあ、高橋真梨子、テレサ・テン、矢野顕子、尾崎亜美、杏里、山本潤子、大貫妙子、久保田早紀、五輪真弓、八神純子、渡辺真知子、庄野真代、小坂明子、大橋純子、麻生よう子、内藤やす子、桑江知子、欧陽菲菲、研ナオコ、石川優子、松原みき、森田童子、山崎ハコ・・・1970年代の(アイドル以外の)女性歌手は数々のヒット曲を生み出し、その後の日本歌謡界に大きなインパクトを与えた人も多数存在しています。(この他に演歌歌手もいるがここでは言及しない)
しかし松田聖子がデビューした1980年以降、アイドルブームがより一層高まったことで、極一部の人を除きアイドル歌謡以外の分野で活躍する新人女性歌手が駆逐されてしまいます。

以下で示す1971年から1989年までのレコード大賞新人賞(最優秀賞ノミネート)の一覧をご覧ください。(1971年はアイドル歌謡元年と呼べる年)
※赤字はアイドル歌手、黒字はその他歌手、太字は最優秀新人賞

1971年:小柳ルミ子南沙織、欧陽菲菲、シモンズ、本郷直樹
1972年:麻丘めぐみ森昌子郷ひろみ、青い三角定規、三善英史
1973年:桜田淳子アグネス・チャン浅田美代子安西マリア、あべ静江
1974年:浅野ゆう子荒川務城みちる麻生よう子、テレサ・テン、西川峰子
1975年:岩崎宏美太田裕美片平なぎさ細川たかし、小川順子
1976年:ピンク・レディー内藤やす子、芦川よしみ、角川博、新沼謙治
1977年:榊原郁恵高田みづえ太川陽介清水健太郎、狩人
1978年:石野真子渋谷哲平渡辺真知子、さとう宗幸、中原理恵、世良公則&ツイスト(辞退)
1979年:井上望倉田まり子桑江知子、竹内まりや、松原のぶえ
1980年:田原俊彦岩崎良美河合奈保子松田聖子、松村和子
1981年:近藤真彦沖田浩之竹本孝之、祐子と弥生、山川豊
1982年:シブがき隊石川秀美早見優堀ちえみ松本伊代
1983年:THE GOOD-BYE岩井小百合大沢逸美桑田靖子、小野さとる
1984年:岡田有希子菊池桃子、一世風靡セピア、吉川晃司、SALLY
1985年:中山美穂本田美奈子松本典子芳本美代子、小林明子
1986年:少年隊石井明美西村知美真璃子水谷麻里
1987年:立花理佐酒井法子畠田理恵BaBe、坂本冬美
1988年:男闘呼組相川恵里仲村知夏、香西かおり、大和さくら、BUCK-TICK
1989年:川越美和田村英里子マルシア、尾鷲義人、香田晋

1980年代に入ると、レコード大賞新人賞を受賞する歌手の割合でアイドルが明らかに増えていきます。
特に1980年から1987年はアイドルでほぼ独占状態となるのです。

1980年代は演歌歌手やバンドの一員でもない限り、若くて平均以上の外見力があれば、とりあえずアイドルとしてデビューさせられる時代でした。
あの尾崎豊ですらアイドルとして売り出そうとされていたというエピソードもありますし、現実にガールズバンドとして募集されたプリンセスプリンセスがアイドル的な売り出し方をされたほどです。

1980年代は、若い女性が本格的な歌手になりたいと思っても、以下で示すいくつもの“壁”を乗り越えなければならなかった時代だったのです。

オーディションの合格

1980年代は、歌手を目指すためのオーディションがアイドル系のものばかりになっていて、本格的な歌手を目指す道が狭くなっていました。

歌唱力の高さ

本格的歌手のハードルが高くなっていた1980年代は、芸能界に入れたとしても相当の歌唱力なければ歌手として扱われず、漏れなくアイドルとしてデビューさせられました。

事務所から誘惑

当時に芸能事務所は、新人なら猫も杓子もお金を儲けやすいアイドルとして売りだそうとした時代です。
その事務所からの方針を断って本格的な歌手の道に進むのは、芸能界に入ったばかりの新人にとってはかなり難しいことであり、相当の意志の強さがないと事務所に押し切られてしまうことでしょう。

メディアの扱い

いくら事務所の人間を説得して本格的な歌手としての道を進んでも、メディアの扱いがアイドル的であれば世間での扱いもアイドルになってしまいます。

1980年代は、こういった様々な壁を乗り越えなければ本格的な歌手になれない時代だったわけです。
ということで、そんな1980年代に本格的な歌手としてデビューした若手女性を紹介します。(演歌歌手は除く)

山下久美子

生年月日:1959年1月26日
レコードデビュー:1980年6月25日(バスルームから愛をこめて)

【代表曲】
82年:赤道小町ドキッ(2位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
元々ミュージシャン思考の高いプロジェクトの一員としてデビューしているため。

麻倉未稀

生年月日:1960年7月27日
レコードデビュー:1981年8月21日(ミスティ・トワイライト)

【代表曲】
83年:What a feeling~フラッシュダンス(?位)
83年:黄昏ダンシング(12位)
84年:ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO(19位)
85年:RUNAWAY(?位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー時の年齢が21歳とアイドルとしては高齢なため。

シュガー

メンバー生年月日:ミキ(1960年7月15日)、クミ(1960年7月15日)、モーリ(1960年9月29日)
レコードデビュー:1981年11月21日(ウエディング・ベル)

【代表曲】
81年:ウエディング・ベル(2位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
楽器を弾きながら歌うコーラスグループであったため。

中原めいこ

生年月日:1959年5月8日
レコードデビュー:1982年4月21日(今夜だけDANCE・DANCE・DANCE)

【代表曲】
84年:君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。(8位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー時の年齢が21歳とアイドルとしては高齢なため。

あみん

メンバー生年月日:岡村孝子(1962年1月29日)、加藤晴子(1963年1月2日)
レコードデビュー:1982年7月21日(待つわ)

【代表曲】
82年:待つわ(1位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
『ヤマハポピュラーソングコンテスト』という音楽性の高いコンテストの優勝者であることと、自身(主に岡村孝子による)で作詞作曲しているため。

中村あゆみ

生年月日:1966年6月28日
レコードデビュー:1984年9月5日(Midnight Kids)

【代表曲】
85年:翼の折れたエンジェル(4位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
声がしゃがれすぎ。

渡辺美里

生年月日:1966年7月12日
レコードデビュー:1985年5月2日(I’m Free)

【代表曲】
86年:My Revolution(1位)
86年:BELIEVE(2位)
87年:悲しいね(2位)
88年:恋したっていいじゃない(2位)
88年:センチメンタル カンガルー(9位)
88年:10 years(4位)※君の弱さと両A面
89年:虹をみたかい(1位)
90年:サマータイム ブルース(2位)
91年:卒業(2位)
91年:夏が来た!(8位)
93年:いつか きっと(7位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー当初から自身で作詞するなどシンガーソングライターの側面が強かったため。

小林明子

生年月日:1958年11月5日
レコードデビュー:1985年8月31日(恋におちて -Fall in love-)

【代表曲】
85年:恋におちて -Fall in love-()

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー時の年齢が26歳とアイドルとしてはかなり高齢なため。

小比類巻かほる

生年月日:1967年3月16日
レコードデビュー:1985年10月21日(Never Say Good-Bye)

【代表曲】
87年:Hold On Me(9位)
87年:City Hunter〜愛よ消えないで〜(8位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
元々レコーディングスタジでアルバイトしていた関係で、音楽関係者の目に止まったらしい。

浜田麻里

生年月日:1962年7月18日
レコードデビュー:Blue Revolution(1985年10月21日)

【代表曲】
89年:Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。(1位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー時の年齢が23歳とアイドルとしては高齢なため。

石井明美

生年月日:1965年8月26日
レコードデビュー:CHA-CHA-CHA(1986年8月14日)

【代表曲】
86年:CHA-CHA-CHA(1位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー時の年齢が20歳とアイドルとしては高齢なため。

永井真理子

生年月日:1966年12月4日
レコードデビュー:1987年7月22日(oh, ムーンライト)

【代表曲】
89年:ミラクル・ガール(9位)
90年:ZUTTO(2位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー時の年齢が20歳とアイドルとしては高齢なため。

森川由加里

生年月日:1963年4月12日
レコードデビュー:1987年7月22日(雨のカルメン)

【代表曲】
87年:SHOW ME(1位)

【アイドルとして扱われなかった理由】
デビュー時の年齢が24歳とアイドルとしては高齢なため。

谷村有美

生年月日:1965年10月17日
レコードデビュー:1987年11月21日(Not For Sale)

【アイドルとして扱われなかった理由】
音楽会社(CBSソニー)主催のオーディション(第2回ティーンズ・ポップ・コンテスト)で優勝するなど、元々音楽色の強い人物だったため。(デビュー曲も自身の作詞作曲)
またデビュー時の年齢が22歳とアイドルとしては高齢なため。

辛島美登里、沢田知可子、平松愛理など、1980年代にデビューしているものの1990年代に20代後半に初ヒットを生んだ人は対象外としました。

上記した女性歌手の多くに共通している点は、デビュー時の年齢が20歳を超えているということです。
当時は(今も?)、“アイドルはどんなに遅くても10代まで(出来れば高校生まで)にデビューするもの”という感覚があったため、20歳を超えてからデビューする場合はアイドル的な売り出し方はされないことがほとんどでした。
アイドルとしてデビューさえすれば、歌唱力があろうとなかろうと人気を得られるチャンスがあった時代ですが、何らかの理由でデビューのタイミングが遅くなった人も当然いるわけで、そういった人の中から歌唱力抜群の者が本格的な歌手としてデビューをするチャンスを得たわけです。
上記した人な中でこの例(20歳以降のデビュー)に該当しないのは、あみんの加藤晴子と、中村あゆみ、渡辺美里、小比類巻かほるの4人だけです。
特に中村あゆみと小比類巻かほるの2人は高校3年生の年齢でデビューしているので、アイドルとしてデビューしてもおかしくはありませんでしたが、周囲の人にアイドルとして扱うべきではないと思わせるものがあったのでしょうし、私自身もそう感じるものがあります。
逆に言えば、中村あゆみや小比類巻かほるぐらい尖っていないと、問答無用にアイドルとしてデビューさせられる時代であったとも言えます。

ただしこの時代がアイドル全盛であることは紛れもない事実であり、このような本格的な若手女性歌手はなかなかヒット曲が続かず、俗に言う“一発屋”の傾向が強くなっているようです。
実際に上記した女性歌手の中で、渡辺美里を除き世間に知れ渡っているヒット曲が1曲しかない人がほとんどとなっています。

このパターンの逆として、不本意にアイドルとしてデビューしてしまった例も多々あります。
本田美奈子は自身がアイドルと扱われることを過度に嫌い、1度ついてしまったアイドルというイメージから脱却することに相当悩んだそうです。
アニメ『さすがの猿飛』のオープニングテーマ『恋の呪文はスキトキメキトキス』を歌った伊藤さやかは、自身をアイドルとして扱われることを拒否しロックンローラーと“自称”していました。(実際にはどこをどう見てもアイドルだったが)
桑田靖子などは、歌唱力が高いのに無理にアイドルとして売り出されてしまった感があり、結局ヒット曲を残すことができませんでした。

以上のように、一大アイドルブームとなった1980年代当時は、アイドルの存在が大きくなりすぎて歌手を目指す女性に様々な悩みを与えていたようです。

アンケート

関連記事

目次に戻る
20世紀アイドルのデビュー日一覧
20世紀アイドルの生年月日一覧
アイドルに関するコラム記事の一覧

<スポンサーリンク>