一括まとめ一覧

当カテゴリは、20世紀の女性アイドルたちを一括して紹介する記事の一覧です。

おばけ番組『8時だョ!全員集合』とアイドルたち

1969年10月4日から1985年9月28日まで、視聴率30%越えは当たり前というというお化け番組が放送されました。(初期のころに半年間休止期間あり)

それが、伝説的なコント番組『8時だョ!全員集合』です。

そして、この『8時だョ!全員集合』に多数のアイドルが出演していたことはご存知の方も多いことでしょう。
『8時だョ!全員集合』に出演したアイドルは、歌の披露はもちろん番組後半のコーナーである

『少女少女合唱隊』
『陽のあたる坂道』

などに出演することが定番でした。
その他にも、志村けんと桜田淳子の夫婦コントなどはとても有名で、他のドリフターズ出演番組でも披露されたほどです。

ただし、今回書きたいのはそのようなゲスト出演したアイドルのことではなく、『8時だョ!全員集合』にレギュラー出演していたアイドルたちのことなのです。
世間的にあまり知られていませんが、『8時だョ!全員集合』には開始間もなくから女性アイドルグループがレギュラー出演しており、一部のアイドルマニアからはB級アイドルグループの宝庫と言われています。
当記事では、そんな『8時だョ!全員集合』にレギュラー出演したアイドルグループをまとめていきます。

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アイドルの定義が崩壊した1990年代・・・アイドルに入れるかどうか悩んだ人たち

以前、アイドルと女優や歌手との境目について記事を書きましたが、1990年代中盤になると『アイドル=アイドル歌手』という定義が崩れ去り、アイドルの定義は複雑化していきます。
歌手デビューしていない人もアイドルの可能性があるとすると、若手女優などが全てアイドルであるかどうかの審査対象となっていまうのです。
例えば、松たか子は女優が本業ですが、歌手デビューもしていてNHK紅白歌合戦にも出演しています。
しかし、歌がアイドルっぽくないからか家柄なのかよくは分かりませんが、彼女がアイドルとして扱われることは基本的にありません。
一方、広末涼子や深田恭子は女優業が本業でもアイドルとして扱われることが多くなっています。
こういったアイドルとして扱われる女優と扱われない女優の線引きは難しいですが、アイドルと見なす基準としては歌手活動以外にも、

写真集や雑誌(男性向け雑誌)などでのグラビア活動の多さ
バラエティ番組などへの出演の多さ

というものが判断材料になります。

通常の女優は男性向け雑誌でのグラビア活動をほとんど行わず、ましてや水着になることなどまずありませんし、写真集を出したとしてもアイドル写真集とは明らかに趣向が違うものになります。
バラエティ番組などへの出演も番宣がてらのゲスト出演程度です。
この判断基準でアイドル女優と通常の女優は大まかに分類できますが、境い目を具体的に説明することは不可能で、その基準は人それぞれの感性で決めるしかありません。
特に1990年代は、グラビアアイドルも誕生してアイドルの定義がより複雑化しているので、その判断は困難を極めます。

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各回別NHK紅白歌合戦出場アイドルの一覧と紅白に出れなかったアイドルたち

1970年代後半から1980年代までは音楽祭の賞レースが盛んで、どのアイドルも各音楽祭の大賞や新人賞などの受賞を目指して1年間活動をしていました。
この音楽祭の受賞と並んで当時のアイドルが目指していたものがあります。

それが、NHK紅白歌合戦への出演です。

公共放送であるNHKが1年でもっとも力を入れ放送する紅白歌合戦へ出場することは、一般層に広く認められたことを意味し、出場するだけで名誉なことでした。
そんなNHK紅白歌合戦に出演した20世紀の女性アイドルを以下でまとめます。

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90年代アイドルのその後の活躍について

90年代アイドルには、菅野美穂や仲間由紀恵のようにその後の芸能界で大活躍した人たちが多数います。
80年代アイドルで同じように活躍した人といえば、

小泉今日子
斉藤由貴
中山美穂
酒井法子

などが有名ですが、この2つの時代におけるアイドルの何が違うかお分かりでしょうか?

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悲運のクラス・・・堀越学園芸能コース1986年卒業組

岡田有希子が自ら命を絶ったのは、18歳の高校を卒業してまもない1986年4月8日のことでした。
そんな彼女が亡くなる数か月前まで通っていた高校は、芸能人御用達の学校として知られる堀越学園で、岡田有希子は堀越学園の1学年1クラスしかない芸能コース(D組)の1985年度卒業生ということになります。
実はこの堀越学園1985年度D組卒業生の中に、若くして亡くなった著名なアイドルがもう1人います。
それが2005年に白血病で亡くなった本田美奈子で、この2人は高校の同級生だったのです。

しかし堀越学園1985年度D組卒業生で若くして亡くなったのはこの2人だけではありません。
1999年には本田美奈子と同じ白血病で菊池陽子亡くなり、2010年には松平健の後妻として知られる松本友里が岡田有希子と同様に自ら命を絶ちました。
このように、堀越学園の1985年度D組卒業生は悲劇のクラスと言って過言ではなく、このクラスの同級生たちは彼女たちの死を胸に刻みながら生きているのです。
このことは是非知ってもらいたいことなので、以下、堀越学園1985年度D組卒業生をまとめていきます。(3人しかいない男子は除く)

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