日本のアイドル文化に対する外国人アーティスの影響

日本に“アイドル”という言葉が定着したのは、フランス人歌手の『シルヴィ・ヴァルタン』(ヒット曲:アイドルを探せ、あなたのとりこ)が主演し主題歌も歌った映画『アイドルを探せ』(1963年公開)がきっかけと言われています。
このシルヴィ・ヴァルタンが流行した影響で、1960年代から1970年代初めにかけて同じフランス人歌手の『フランス・ギャル』(ヒット曲:夢見るシャンソン人形)や『ダニエル・ビダル』(ヒット曲:オー・シャンゼリゼ)などが次々と来日し、大きな話題となりました。
こういったフランス人歌手の日本での成功が、日本のアイドル誕生に少なからず影響を与えている可能性も考えられます。

1980年代に入ると、1983年に『シンディ・ローパー』が『ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン』、1984年に『マドンナ』が『ライク・ア・ヴァージン』という世界的なヒット曲をそれぞれ発売し、世界規模での大きなムーブメントを起こします。
その後もシンディ・ローパーは『タイム・アフター・タイム』や『トゥルー・カラーズ』、マドンナは『マテリアル・ガール』、『ヴォーグ』、『ハング・アップ』などのヒット曲を発売し、世界的な注目を受け続けました。
1980年代後半には、オーストラリア出身の『カイリー・ミノーグ』(ヒット曲:ラッキー・ラヴ、熱く胸を焦がして)がデビューし日本でも人気となります。
このような外国人の女性歌手たちは、セクシーさや奇抜なファッションなどといったビジュアル面に注目が集まり、日本の芸能界にも大きな影響を与えたようです。
実際に日本では、1988年に杉本彩がセクシーさを前面に出した衣装・楽曲でデビューを果たしています。

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カイリー・ミノーグといえば、Winkが歌って大ヒットとなった『愛が止まらない 〜Turn it into love〜』の原曲を歌っていた人と知られますが、1980年代は洋楽のカバーもよくヒットしていました。
人気となった大映ドラマ『スチュワーデス物語』の主題歌は『アイリーン・キャラ』の『フラッシュダンス…ホワット・ア・フィーリング』、同じく大映ドラマ『スクール☆ウォーズ』の主題歌は『ボニー・タイラー』の『ヒーロー』、またまた大映ドラマの『青春オーロラ・スピン スワンの涙』の主題歌は『ティファニー』の『アイ・シンク・ウェア・アローン・ナウ』がそれぞれ原曲であり、アイドルと関係の深かった大映ドラマは洋楽と切っても切れない関係性があったようです。
Wink以外のアイドルにも洋楽カバーのヒット曲はあります。
もっとも著名な洋楽カバーのヒット曲荻野目洋子の『ダンシングヒーロー(Eat You Up)』で、原曲『Eat You Up』を歌ったのは、『アンジー・ゴールド』というイギリスの歌手でした。
後に演歌歌手となる長山洋子も、『バナナラマ』の『ヴィーナス』を歌いオリコン最高順位10位のスマッシュヒットを果たしています。

バナナラマは当時流行っていたディスコサウンドを象徴するグループの1つですが、同じ時代にディスコミュージックを歌う女性グループが何組か存在していました。
まず、西ドイツ(当時)出身の『アラベスク』が、1978年に『ハロー・ミスター・モンキー)を発売、その後も『フライデイ・ナイト』、『フライ・ハイ』など立て続けにヒットさせます。
実はこのアラベスク、本国ではさほど人気はなく日本発で人気が出てアジアや南米などで流行したそうです。
続いて、イギリス出身(生まれはアイルランド)の『ノーランズ』が、1980年に『ダンシング・シスター』で日本デビュー。
こちらも『恋のハッピー・デート』、『セクシー・ミュージック』などが続けてヒットしました。
ノーランズと同じくイギリス出身のバナナラマは、1982年にホンダのスクーター(タクト)のCMに出演し、当然CMソングも歌います。
その後1986年に『ヴィーナス』(元はオランダのロックバンド『ショッキング・ブルー』の曲)がヒットし、続いて『アイ・ハード・ア・ルーマー』、『第一級恋愛罪』などの曲もヒットしました。
日本では1980年代に女性のアイドルグループがあまりヒットしませんでしたが、その理由は上記のような外国人の女性グループが立て続けに登場しことも原因になっているのかもしれません。

また、同じディスコ系ミュージックとして男女混成グループ『ABBA』(ヒット曲:マンマ・ミーア、ダンシング・クイーン、チキチキータ、ギミ!ギミ!ギミ!)も忘れられない存在です。
ソロ歌手の曲では『ドナ・サマー』の『ホット・スタッフ』もヒットしました。
このようなディスコブームの中にあって、日本で特に有名になった曲と言えば、『ボーイズ・タウン・ギャング』の『君の瞳に恋してる』でしょう。
この曲は元々『フランキー・ヴァリ』が歌っていた曲ですが、日本では、ほとんどボーイズ・タウン・ギャングのバージョンがカバーされ、その数は尋常じゃないレベルに達しています。

もう少し穏やかな楽曲を歌う歌手としては、『カーペンターズ』、『オリビア・ニュートン=ジョン』、『ケイト・ブッシュ』(ヒット曲:嵐が丘)、『シーナ・イーストン』(ヒット曲:モダン・ガール、9 to 5)、『ストロベリー・スウィッチブレイド』(ヒット曲:ふたりのイエスタデイ)、『エルザ』(ヒット曲:哀しみのアダージョ)、『シニータ』(ヒット曲:トイ・ボーイ)などの女性歌手たちが日本で人気を得ました。
中でもカーペンターズは、『遙かなる影』、『スーパースター』、『シング』、『イエスタデイ・ワンス・モア』、『トップ・オブ・ザ・ワールド』、『青春の輝き』と数え切れないほどのヒット曲があります。
また、『オリビア・ニュートン=ジョン』も杏里のヒット曲『オリビアを聴きながら』の題名に登場することからもわかるように、日本でも非常に高い人気がありました。
このオリビア・ニュートン=ジョンは、1970年代は『カントリーロード』や『そよ風の誘惑』などの穏やかな楽曲を歌っていたのですが、1980年代に入ると曲調がロック調に変わり『フィジカル』という自身最大のヒット曲を生みます。
日本でも1970年代にアイドル活動をしていたアン・ルイスが1980年代に入ってからロック歌手として成功しているように、当時は女性のロック歌手に注目が集まる時代だったようです。
上記した以外に1970年代後半から誕生し始めたガールズバンドの影響もあるかと思いますが、これに関しては前回の記事で書いた通りなので、ここでは省略させていただきます。

1976年、ガールズバンドの元祖と言われる『ザ・ランナウェイズ』(ヒット曲:チェリー・ボンブ)がアメリカでデビューするのですが、本国ではあま...

日本のアイドル文化は日本で独自発展していったものなので、海外アーティストの影響はあまり大きくないのかもしれません。
しかし、音楽やファッションなどの影響は大きかったように感じます。
これは日本のアイドルを超えて世界中に女性(特に若者)にも影響しているものと思われ、音楽の波及効果の大きさを改めて感じる出来事と言えます。

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