アイドル四天王の様々データ比較と関係性の検証

アイドル文化が花開いた1980年代前半は、松田聖子を筆頭に花の82年組と呼ばれた中森明菜、小泉今日子、堀ちえみ、松本伊代などの女性アイドルが大活躍しました。
しかし1980年代後半になると彼女たちの勢いも落ち、ファンも新たなアイドルを求めていくようになります。
そんな時代に人気を得たのが、中山美穂、南野陽子、浅香唯、工藤静香という4人の女性アイドルで、アイドル四天王と呼ばれるに至ります。

このアイドル四天王の誰が1番人気だったのか?
またはアイドル四天王はどんな関係性だったのか?

などなど、アイドルファンはアイドル四天王に関することで気になることも多々あることでしょう。
とうことで、以下でアイドル四天王の比較や関係性を探っていきたいと思います。

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生年月日の比較

まずは単純に、アイドル四天王の生年月日(年齢)を比較します。

南野陽子:1967年06月23日
浅香唯 :1969年12月04日
中山美穂:1970年03月01日
工藤静香:1970年04月14日

アイドル四天王は、学年でいうと南野陽子を頂点に、その2つ下に浅香唯と中山美穂、その1つ下に工藤静香がいる構図となり、南野陽子と工藤静香の年齢差は3歳ということとなります。

歌手デビュー日の比較

工藤静香:1985年1月21日(セブンティーンクラブとして※)
浅香唯 :1985年6月21日
中山美穂:1985年6月21日
南野陽子:1985年6月23日
※工藤静香のソロデビューは1987年8月31日

アイドル四天王は、みんな1985年に歌手デビューしているのですが、細かい順番でいうと、実はもっとも若くもっとも遅くブレイクした工藤静香が1番最初に(グループとして)レコードを発売しており、歌手デビューは年齢と逆の順となっています。
浅香唯と中山美穂は同日デビューで、南野陽子はデビューを誕生日に合わせたため、通常の曜日と違うデビュー日となっています。

芸能界デビューの比較

工藤静香

工藤静香は小学生の頃から子役として芸能界入りしており、遅くとも1982年ごろには芸能活動を開始しています。
映画やドラマのエキストラ出演などで活動の確認がとれるのは、1984年の初め頃からとなります。

中山美穂

中山美穂は1982年の秋ごろからキッズモデルとして芸能界入り、少女漫画の懸賞ページなどでグラビア活動を行っていました。

南野陽子

南野陽子は1984年の夏に東京に上京し芸能活動を開始し、最初は学園ドラマの生徒役などに出演していました。

浅香唯

浅香唯は1984年にオーディションで特別賞(浅香唯賞)を獲得し、中学校を卒業した1985年の春に上京し芸能活動を開始します。

ブレイクのタイミング比較

中山美穂

中山美穂は、1985年1月8日から年3月26日に放送されたドラマ『毎度おさわがせします』にヒロインとして出演し一気にブレイク。
その後、1990年代に至るまで歌にドラマに大活躍します。

南野陽子

南野陽子は、1985年11月7日から1986年10月23日まで放送された『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』に主演します。
斉藤由貴が主演した前作『スケバン刑事』が既に人気を得ていたこともあって、このドラマに出演した南野陽子は一気にブレイクを果たします。

浅香唯

浅香唯は、南野陽子の後を引き継ぎ1986年10月30日から1987年10月29日まで放送された『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』に主演します。
既にアイドルにとっての出世作となっていた『スケバン刑事』シリーズの主演ということで、それまでほとんど無名だった浅香唯は一気にブレイクするに至ります。

工藤静香

工藤静香は1986年5月に当時の大人気となっていた『おニャン子クラブ』に加わり、後期の人気メンバーとしてグループ内最後のユニット『うしろ髪ひかれ隊』にも参加しています。
ただし、この頃はアイドル四天王などと呼べるほどの人気は得ておらず、ブレイクを果たすのは、おニャン子クラブが出演していた『夕焼けニャンニャン』放送終了後にソロデビュー※した更に後の『抱いてくれたらいいのに』がヒットした1988年3月以降となり、中山美穂と比べるとブレイクのタイミングがかなりズレていると言えます。
※ソロデビュー日が『夕焼けニャンニャン』の番組終了と同日

80年代の売れ具合比較①音楽

中山美穂

オリコン1位楽曲数:5曲
紅白歌合戦出演回数:2回
獲得賞:レコード大賞ノミネート2回、FNS歌謡祭グランプリ1回

南野陽子

オリコン1位楽曲数:9曲
紅白歌合戦出演回数:0回
獲得賞:-

浅香唯

オリコン1位楽曲数:4曲
紅白歌合戦出演回数:0回
獲得賞:-

工藤静香

オリコン1位楽曲数:6曲
紅白歌合戦出演回数:2回
獲得賞:レコード大賞ノミネート1回

80年代の売れ具合の比較②演技(ドラマ・映画)

中山美穂

連続ドラマ主演回数:7回
映画主演回数:1回
獲得賞:エランドール新人賞

南野陽子

連続ドラマ主演回数:6回
映画主演回数:3回
獲得賞:エランドール新人賞、日本アカデミー賞新人俳優賞

浅香唯

連続ドラマ主演回数:1回
映画主演回数:2回
獲得賞:-

工藤静香

連続ドラマ主演回数:0回
映画主演回数:0回
獲得賞:-

90年代以降の活躍比較

中山美穂

1990年代に入っても中山美穂の人気は衰えず、当時全盛を誇ったフジテレビの月9ドラマに何度も主演し、主題歌も何度となく歌っていました。
更にはミリオンセラーを果たしたシングルが2曲あり、これは80年代アイドル唯一の快挙となっています。
また、映画『Love Letter』(1995年3月25日公開)では、日本最高クラスの映画賞であるブルーリボン賞の主演女優賞も獲得しています。
※ちなみに、同年のブルーリボン賞で助演女優賞を獲得したは『ガメラ 大怪獣空中決戦』に出演した妹の中山忍である。

南野陽子

南野陽子は1990年代に入ると音楽活動は下火となり、映画・ドラマやバラエティ番組などが主だった活躍の場となります。
そのようなこともあり、1992年度の日本アカデミー賞では最優秀主演女優賞にノミネートされています。

浅香唯

1990年代以降の浅香唯は、女優活動の休止を発表するなどしてせいか仕事面で恵まれなくなり、1993年3月以降芸能活動を休止してしまいます。
結局、1997年に芸能活動を復帰しますが、かつてのような人気を得ることはありませんでした。

工藤静香

1980年代後半に歌手として大ブレイクした工藤静香は、1990年代後半まで好調な売り上げをキープし、NHK紅白歌合戦にはアイドル四天王の中で最多となる8回※出演、オリコン1位獲得シングル11曲もアイドル四天王最多の数字です。(※2019年まで)
更に、二科展で何度も入選するなど多彩の才能をみせることとなります。

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アイドル四天王の関係性を探る

アイドル四天王の面々は音楽番組で顔を合わせるようなことは当然あったでしょうが、ここではもっと深い関係について考えていきます。
まず以下の簡易表をご覧ください。

アイドル四天王の関係性を示した簡易表
 中山美穂  南野陽子  浅香唯  工藤静香
中山美穂   - 深い関係なし 深い関係なし ドラマ共演
南野陽子 深い関係なし   ― スケバン仲間 ドラマ共演
浅香唯 深い関係なし スケバン仲間   ― 深い関係なし
工藤静香 ドラマ共演 ドラマ共演 深い関係なし   ―

では、上記表の1つ1つの関係性について説明します。

南野陽子×浅香唯

アイドル四天王の関係性としてもっとも最初に思い浮かぶは、『スケバン刑事』の2作目と3作目で共に主演した南野陽子と浅香唯でしょう。
ドラマでは直接的な絡みはありませんが、映画版の『スケバン刑事』(1987年2月14日公開)では共演しています。

中山美穂×工藤静香

アイドル四天王の関係性を探る上でもっともキーパーソンとなる人が工藤静香で、中山美穂とは『おヒマなら来てよネ!』(1987年10月22日〜12月24日放送)というドラマで共演しています。
『おヒマなら来てよネ!』は中山美穂が1人二役として主演したドラマですが、工藤静香はその片方の親友という役で出演しています。
この時点で工藤静香はまだブレイクしていないので、脇役としての出演でした。
しかしその1年後に単発ドラマの『ミスマッチ』(1988年12月20日放送)で再び共演した際には、W主演という形になっています。

南野陽子×工藤静香

続いて工藤静香は、南野陽子主演のドラマ『熱っぽいの!』(1988年4月14日~7月7日放送)で南野陽子のルームメイト役として共演します。
これは上記の『おヒマなら来てよネ!』と同じような役回りで、この時点でもまだ脇役でした。
しかし、この放送の直前に発売した3枚目のソロシングル『抱いてくれたらいいのに』がヒットし、ドラマ放送中に一気にブレイクしていきます。
続いてドラマ放送中に発売した4枚目のソロシングル『FU-JI-TSU』もヒットし、音楽番組などで南野陽子と共演する際には、既に人気の逆転現象が起こっていたと思われます。
このドラマの出演時期が工藤静香のブレイク期と重なっているため、役の重要度とアイドルとしての人気度がマッチしていない部分もあるのです。
いずれにせよ、この工藤静香のブレイクをもってアイドル四天王が出揃うこととなりました。

中山美穂×浅香唯

中山美穂と浅香唯は直接的な関係はほとんどありませんが、『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』(1986年10月30日~1987年10月29日放送)と『セーラ服反逆同盟』(1986年10月13日~1987年3月23日)という同じ時期に放送された同じようなコンセプトのドラマに主演し、ライバル関係となっていました。
同い年で同じ日にデビューした中山美穂と浅香唯が、同じようなドラマに同じ時期同じ期間同じ時間帯(19:30~20:00)に主演していたのですから、因縁深いものを感じます。
しかし、『セーラー服反逆同盟』には主演の中山美穂がスケジュールの関係でほとんど出演していないといういわくつきのドラマでした。
逆に言うと当時の中山美穂はそれほど売れていたということで、当時の中山美穂と浅香唯には人気面で雲泥の差があったのです。

以上の例以外で、アイドル四天王に深い関係性はありません。
そしてこのアイドル四天王の全員と共演した80年代アイドルが1人います。
それが相楽ハル子(相楽晴子)です。
相楽ハル子は、南野陽子と『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』(1985年11月7日~1986年10月23日)と『アリエスの乙女たち』(1987年4月8日~9月23日)でがっつり共演していますし、中山美穂と工藤静香とは『おヒマなら来てよネ!』(1987年10月22日〜12月24日放送)共演しています。
浅香唯とは、90年代に入ってから『ADブギ』(1991年10月18日~12月20日)で共演しており、アイドル四天王全員とドラマで共演した唯一の80年代アイドルとなっています。

アイドル四天王に選ばれなかった人たち

以下、アイドル四天王と同じ時代に活躍しながら、何故かアイドル四天王に選ばれなかった女性アイドルたちを紹介します。

荻野目洋子

生年月日:1968年12月10日
デビュー日:1984年4月3日

【選ばれなかった理由】
アイドル四天王は1980年代後半に活躍したアイドルということらしく、1984年にデビューしたアイドルは選ばれない模様。

菊池桃子

生年月日:1968年5月4日
デビュー日:1984年4月21日

【選ばれなかった理由】
デビューやブレイクのタイミングが少し早く、アイドル四天王と活躍の時期が微妙にズレている。(本当に微妙にだが)

岡田有希子

生年月日:1967年8月22日
デビュー日:1984年4月21日

【選ばれなかった理由】
アイドル四天王よりもブレイクのタイミングが早すぎる上、アイドル四天王と命名されたころには既に故人だった。

斉藤由貴

生年月日:1966年9月10日
デビュー日:1985年2月21日

【選ばれなかった理由】
『スケバン刑事』シリーズに主演した他の“麻宮サキ”2人がアイドル四天王に選ばれてるなら、初代麻宮サキ役の斉藤由貴もアイドル四天王に選ばれてもよさそうだが、東宝シンデレラオーディション出身者ということもあり、朝のテレビ小説に主演するなど女優業がメインで、通常のアイドルとは一線を画す存在だった。

本田美奈子

生年月日:1967年7月31日
デビュー日:1985年4月20日

【選ばれなかった理由】
本人がアイドルと呼ばれることを極端に嫌っていたこともあってか、演技面での活躍が足りなかった模様。

以上がアイドル四天王の比較と関係性の検証ですが、なかなか面白いかったのではないでしょうか?
特にもっとも早くに歌手デビューした工藤静香の人気が徐々に上昇し、人気アイドルとして成り上がっていく過程を他のアイドル四天王との関係性を絡めながら検証すると、当時の状況が頭に浮かび興味深いものがあります。
あえてインパクトのある言葉でアイドル四天王を表現するなら、

『アイドル四天王とは工藤静香のことである』

と私は表現したいと思います。

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