90年代終盤のCM女王『加藤あい』

加藤あいプロフィール

生年月日 1982年12月12日
芸能界入り 『ピチレモン』のジュニアモデル出身
出世作 CM『ポケットベル(NTTドコモ)』(1998年)
CDデビュー
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
2000年度エランドール新人賞※
※エランドール新人賞はテレビドラマでの活躍を含んだ俳優賞
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2021年まで)
0回
代表曲
()内はオリコン最高順位
ホームページhttps://someday.bz/kato-ai/

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目次

加藤あいのデビュー作は?

加藤あいは小中学生向けのファッション雑誌『ピチレモン』のモデルを経て、梅沢富美男が女子校の教師役として主演した名古屋テレビの深夜ドラマ『不思議の国の17歳』に女子高生役として出演し女優デビューします。
このときは『加藤あい』ではなく『加藤愛』という本名名義でした。
このドラマの放送日は1997年4月1日からですが、同時期に木村拓哉が記憶喪失になるサスペンスドラマ『ギフト』にも初回(1997年4月16日放送)の脇役(端役レベル)としてゲスト出演しており、こちらがデビュー作とされるケースが多いようです。
その後、当時絶大な人気を得ていた広末涼子が出演していたドコモのポケベルのCMを引き継ぎ、自身も同じく大きな人気を得ることとなります。

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加藤あいはアイドルなのか? 1990年代におけるアイドルの概念

アイドルとは歌手活動を主体とするタレントで、このことは現在も過去も変わりありません。
しかしアイドル冬の時代と呼ばれた1990年代は少し事情が違います。
1990年代はアイドル歌手が廃れゆく時代で、時を追うごとに既存のアイドル歌手はいなくなっていき、1990年代終盤はアイドル歌手という概念すらなくなりかけていました。
そういった状況を変えたのが1998年にメジャーデビューした『モーニング娘。』で、1999年9月に発売した『LOVEマシーン』が大流行となり再びアイドル歌手が再興していきます。
つまり、加藤あいが『ギフト』で女優デビューした1997年はアイドル歌手がもっとも廃れていた時期で、そのためか加藤あいは歌手デビューすらしていません。

そこで気になることが『歌手デビューしていなければアイドルと呼べないではないか?』という疑問です。
アイドルに対して保守的な人は歌手デビューしていなければアイドルではないと言うかもしれませんし、当ブログでも70年代アイドル、80年代アイドルに関しては歌手デビューしていることをアイドルの条件としています。
しかし、加藤あいは紛れもなくアイドルです。
なぜかと言うと、当時のアイドル雑誌において加藤あいはアイドルとして扱われているどころか、完全にトップアイドル扱いなのです。
ですので、加藤あいをアイドルではないと主張するには無理があります。
この問題は、時代と共にアイドルの概念が微妙に変化していることがよく分かる事例かと思います。

同年代に活躍したアイドルの人気度を調べる1つの指標として、アイドル雑誌への掲載率というものがあります。 特に雑誌に売り上げに直結する表紙を...

1990年代終盤のCM女王

加藤あいの芸能活動には、CM出演が多いという際立った特徴があります。
特に活動初期はこの傾向が顕著で、1999年までに自身がメインとして出演したCMは以下で示す通り多岐に渡り、同時に10社以上のCMに出演していた時期もありました。

企業名商品名出演期間
日本ポラロイド1997年
キリンビバレッジきりり1998年
ジョンソン・エンド・ジョンソンclean&clean1998年~1999年
NTTドコモポケットベルなど1998年~
三菱電機液晶モニターなど1998年~
朝日新聞社大学入試キャンペーン1999年
東進ハイスクール東進衛星予備校1999年~
任天堂ポケットモンスター 金・銀1999年~
ロッテリア新エビバーガーなど1999年~
東京ニュース通信社週刊TVガイド1999年~
郵政事業庁郵便貯金1999年~

このような影響から、2001年には加藤あいを使ったCMを作るというコンセプトのテレビ番組(24人の加藤あい)が放送されたこともありました。

1980年代終盤以降、理由は分かりませんがCM出演から一躍スターダムに駆け上がる女性芸能人が増え始めます。(理由を考察したので以下でご覧くだ...

女優としての加藤あい

加藤あいはそこまで女優女優しておらず、同時期に人気を得ていた女優型アイドルである

広末涼子=『ビーチボーイズ』
深田恭子=『神様、もう少しだけ』

のようなデビュー当時に出演した代表作もありませんでした。
個人的に女優・加藤あいとして1番印象に残っている作品は、女優デビューから3年が過ぎた2000年出演の『池袋ウエストゲートパーク』で、その後は映画化もされた2005年の『海猿 UMIZARU EVOLUTION』などにも出演しています。
加藤あいは得ていた人気の割に代表作と呼べる作品に乏しく、結局ドラマや映画の主要な賞は獲得出来ませんでした。

このような、芸能人として活躍しているが女優女優しておらず、かといって歌手でもバラエティタレントでもないという人は他にもいます。
それは牧瀬里穂です。
彼女も1990年代前半にCMの女王として人気を得ており、2人には企業受けが良いという共通点があったものと思われます。
そして企業受けの良さと女優としての活躍には微妙なズレがあり、なかなか両面で高い人気を得ることは難しいのかもしれません。
いずれにせよ、自分も深田恭子と加藤あいなら自社のCMとして加藤あいを起用したいと思います。(;^_^A

加藤あいの同級生

加藤あいは、芸能人御用達の高等学校である『堀越学園』の出身です。
若くして芸能界で活躍を始めるアイドルは高校生の時から既にライバル関係が築かれることがありますが、芸能人が集まる堀越学園では同級生(同クラスの生徒)がライバルになるケースも多々あります。
特に1980年代までは音楽祭の新人賞レースが盛んだったので、この同級生でライバルというパターンが多発しました。

新人賞レース以外でも、堀越学園では同級生がライバルになることがあります。
例えば、1986年度卒業生の井森美幸と森口博子はバラドルとしてライバル関係でしたし(この2人のライバル関係は主に卒業後だが)、1997年度卒業生のともさかりえと山口紗弥加は女優として高校入学前から活躍していました。
そして加藤あいには今まで何度か名前が出てきた深田恭子という1990年代終盤におけるトップアイドルの同級生がおり、ポスト広末涼子の座を争っていたのです。
しかし当人たちはそんな意識がなかった模様で、2人仲良く一緒になって歩く姿がアイドルの投稿雑誌などに度々掲載されていました。(;^_^A

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加藤あいのその後

加藤あいは、2010年にデビュー以来在籍していた芸能事務所『ムーン・ザ・チャイルド』を退所・移籍します。
このムーン・ザ・チャイルドは加藤あいが芸能界デビューする1996年に設立されており、正に加藤あいの人気上昇と共に成長した芸能事務所でした。
有名な女優や俳優も多数在籍する事務所でしたが、2016年に事業停止に至ったようです。

新たにバーニング系のサムディに移籍した加藤あいは、2013年に結婚、2015年に出産を経験し、芸能活動は次第に限定的となります。
その後、第2子を出産を経て2021年2月にはサムディからも退所し、現在は活発な芸能活動は行っていない模様です。

加藤あいのオススメ商品

asian beauty [電子書籍]

こちらは、加藤あいが16歳のときの写真集となります。

二十歳 [電子書籍]

こちらは、加藤あいが20歳になった際に発売された写真集となります。

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