【岡田有希子の死の真相】岡田有希子は完璧主義な性格だったのか?

現時点の日本で最も話題となっている人と言えば、メジャーリーグベースボールの舞台で打者と投手の二刀流で活躍する大谷翔平選手で異論はないでしょう。
彼は打者として長打力に優れ、更に足も早く盗塁までこなしますし、投手としてはストレートの球速が160km/hを超え、変化球のキレも抜群です。
この野球の各種能力に加え顔や性格まで良いというのですから、正にオールマイティーな能力を持ち合わせていると言えます。
そんな大谷翔平以上にオールマイティーの能力を持ち合わせていたアイドルが1980年代にいました。

それこそが18歳の若さで自ら命を断った岡田有希子なのです。

以下で、そんな岡田有希子の各種能力を紹介します。

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外見力

論ずるまでもなく岡田有希子は可愛く、アイドルとして高い人気を得ることとなります。
これについては文章で説明しても意味はないので、画像検索なりをして各々でご確認ください。

歌唱力

岡田有希子はアイドル歌手として平均水準以上の歌唱力があり、実際に1984年の音楽賞新人賞を総なめにしています。
今みたいに口パクがほとんどなかった1980年代に活躍したアイドルですから、その歌唱力は保証済みです。
とくにアイドルソングに対する適応度が高く、シングルB面曲やアルバムの含め彼女の曲は名曲揃いとなっています。

学力

岡田有希子は頭がとても良かったことでも有名です。
中学生時代は学年トップレベルの成績を誇っていたそうで、『スター誕生!』の決勝大会に出場する際に親から出された

学内テストで学年1位
模擬試験で学内5位
地元で最高レベルの進学校である向陽高校への合格

という条件を見事にクリアし、芸能界入りを果たしました。
今よりも遥かに子供の数が多かった当時に学年1位の成績を獲得することはとてつもなく頭が良くなければ不可能であり、岡田有希子の頭の良さは相当のレベルに達していたことは間違いありません。

運動能力

岡田有希子はインタビューなどで自分では運動神経が悪いなどと言っていましたが、実際は足がそれなりに速く、中学生時代は陸上部に所属していました。
また、幼稚園の頃から体操教室に通っていた関係で器械体操が得意であり、セイントフォーが行っていたようなアクロバティックは軽々出来たとものと思われます。

読書力

岡田有希子は本をよく読むことでも知られています。
このことが由縁で小説家になることも夢見ていたそうです。

画力

岡田有希子は小学4年生の頃から水彩画を習い、中学生になるとその腕前はかなりのものとなっていました。
更にイラストなども得意で、サインの横には自身のイラストを書くことが定番でした。
この絵の才能から、上記した小説家に加え漫画家になることも夢見ていたそうです。

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以上のように、岡田有希子はオールマイティーの能力を持ち合わせていた人物でした。
普通は、

頭は抜群に良いが運動は苦手
運動は得意だが絵や音楽は苦手

みたいに得意不得意があるものですが、岡田有希子の場合は苦手と呼べるようなものがほとんどありません。

岡田有希子が万能的な能力を得た理由は、岡田有希子が完璧主義者で決めたこと(決められたこと)を成し遂げなければ気が済まない性格であった可能性が高いと思われます。
岡田有希子のこういった性格は亡くなる前日の行動にも現れています。
岡田有希子は、亡くなる前日の1986年4月7日に

STARS/ウィ・アー・ザ・ワールド
ロッキー4/炎の友情

という2本の映画を別の映画館でそれぞれ鑑賞しているのです。
通常、2本同時上映でもない限り映画をハシゴする人は珍しいと思いますが、彼女は映画館を変えてまで2つの映画を観ています。
18歳の少女なら映画を観た後にお洒落なカフェに行ったりショッピング行ったりして休日を楽しむのが普通なのでしょうが、彼女は貴重な休みをひたすら映画を観ることに使いました。
アイドルとして忙しい日々を過ごしていた岡田有希子は滅多にない休日を体を休めるわけでもなく、2時間狭い椅子に座りっぱなしで疲労もたまるであろう映画鑑賞のハシゴをわざわざしているわけです。
引っ越ししたばかりなので家の片付けも残っているにもかかわらずにです。
おそらく岡田有希子という人は、観たいと思った映画を全部観なければ気が済まない性格なのだと思われます。

そしてこういった性格が、岡田有希子の死に対して直接的にも間接的にも原因になっていると考えられます。
アイドルとしてデビューして以降の岡田有希子は、忙しすぎて自分の思い描いたことが出来ない日々を過ごしていたものと想定されるのですが、完璧主義者であったであろう岡田有希子にとっては、このことが普通の人が考える以上に大きなストレスになっていた可能性が高いのです。
そういった日々の積み重ねが、あの悲劇の間接的な原因になっていると思われます。
※直接的な原因のほうは峰岸徹との関係が自分の思い通りに行かないことですが、ここでは深く言及しません。

このような性格は子供の頃によく現れる傾向で、本来なら大人になるにつれて妥協点を見つけて是正していくのでしょうが、岡田有希子の場合は高校1年生のときから親元を離れ芸能界入りをし忙しい日々を過ごしているので、こういった性格面の成長が足りていなかった可能性も考えられます。
子供を亡くした親御さんを批判したくはありませんが、子供の頃からもう少しゆとりをもった育て方をするべきだったのかもしれません。

以上のように岡田有希子の死には様々な要因が重なっているいると思われ、今後もこの問題について考えていこうと思います。

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