アイドルの話とは少しズレますが、私には女性芸能人に関して昔から思っていたことがあります。
いきなりですが、皆さんは今井美樹の職業を聞かれて何と答えますか?
歌手と答える人もいるかもしれませんし、女優と答える人もいるかもしれません。
アイドルと答える人は、ほとんどいないでしょう。
歌手が映画やドラマに出ることも、女優が歌手デビューすることも、芸能界ではよくあることです。
アイドルに至っては、歌手や女優としてはもちろん、バラエティ番組でのタレント業など、マルチに活動することが一般的です。
例えば、女優の松坂慶子は1979年に発売したシングル曲の『愛の水中花』がヒットしましたが、彼女の職業について歌手だと思っている人は、まずいないと思います。
さらにロック歌手の川村かおりは、1991年公開の映画『東京の休日』に主演していますが、彼女の職業を女優と考える人もいないと思います。
つまり、歌手や女優が別の仕事をしても、主体はどちらか一方にあるということです。
しかし今井美樹の場合は、歌手と女優のどちらが主体なのか全く見当がつかないのです。
ここで、今井美樹の経歴を振り返ってみたいと思います。
今井美樹は、1983年にモデルとして芸能界デビューしているようですが、世間一般に広く認識されたのは、1984年の5月9日から5月30日まで放送された女子プロレスが題材の短期(4話)連続ドラマ『輝きたいの』に新人女優として主演したときのことです。
その後、ドラマや映画に脇役として出演し続け、1986年5月21日に『黄昏のモノローグ』で歌手デビューをします。
こうやって経緯を振り返ってみると、今井美樹は女優を主体とした芸能人であるように思えます。
しかし歌手としての実績をみると、オリコン1位を獲得したシングルが3曲(『PIECE OF MY WISH』、『Miss You』、『PRIDE』)、うち2曲はミリオンセールスを達成しており(『PIECE OF MY WISH』、『PRIDE』)、女優が行う歌手活動の域を遥かに超えているのです。
さらに、アルバムやカップリングの曲では、作詞も多数担当しています。
それだったら、女優から歌手に移行した芸能人なのではと考える人もいるかもしれませんが、1990年代以降も今井美樹はゴールデンタイムで放送される連続ドラマに多数主演しており、女優としても十分すぎるほど活躍していました。
戦後間もない頃の芸能界やアイドルならまだしも、1980年代以降で、これほど歌手と女優のどっちつかずだった人は珍しいと思います。
強いて挙げるのなら、2000年以降に活躍した柴咲コウが歌手と女優の両面で大きな実績を残していますが、彼女の場合はオリコン1位を獲得したシングルが出演映画の役名(RUI)で発売した1曲(月のしずく)だけなので、女優の傾向が強かったと判断する人が多いようです。
当ブログはアイドルに関するブログなので、最後に今井美樹がアイドルとして扱われなかった理由も考えてみます。
今井美樹の年齢は、同じ事務所(芸映)の所属で言えば、1980年に高校2年生でデビューした河合奈保子と同じ(同学年)です。
ですので、『輝きたいの』で女優デビューした際の今井美樹は、既に大学3年生に当たる年齢になっており、アイドルデビューするには遅すぎました。
その前に、『mc Sister』(エムシーシスター)というティーンエイジャーを中心とした女性向けのファッション雑誌でモデルをしていたそうですが、さすがの私もティーンエイジャーの女性向けファッション雑誌のモデルが、どれくらい若者に支持されていたのか理解が不足しているので、当時の今井美樹がどのような扱いだったのかは分かりません。
いずれにせよ、今井美樹がアイドルとしてデビューすることに、年齢的な問題があったことは間違いないようです。
というわけで、
どうしてもっと 女優か 歌手に分けられないの
そんな 思い 問いかけながら
と、今井美樹に対する自分の疑問を『PIECE OF MY WISH』の曲に乗せて、当記事を終わらせたいと思います。(;^_^A
当記事に登場したアイドルの記事


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