デビュー曲がオリコンチャート年間1位の『小柳ルミ子』

小柳ルミ子プロフィール

生年月日 1952年7月2日
芸能界入り 宝塚歌劇団出身(2ヶ月しか在籍してない)
キャッチフレーズ みんなの恋人
レコードデビュー 1971年4月25日(わたしの城下町)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
1971年レコード大賞最優秀新人賞(わたしの城下町)
1971年日本歌謡大賞放送音楽新人賞(わたしの城下町)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
1972年日本歌謡大賞(瀬戸の花嫁)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1971年度音楽新人賞
日本アカデミー賞受賞歴
(最優秀賞、新人賞)
1982年度最優秀助演女優賞(誘拐報道)
1983年度最優秀主演女優賞(白蛇抄)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2019年まで)
18回
代表曲
()内はオリコン最高順位
71年:わたしの城下町(1位)
72年:瀬戸の花嫁(1位)
72年:京のにわか雨(1位)
77年:星の砂(2位)
83年:お久しぶりね(8位)
他多数
ホームページ https://talent.platinumproduction.jp/koyanagirumiko

小柳ルミ子と宝塚歌劇団&連続テレビ小説

余りイメージはないですが、小柳ルミ子は宝塚歌劇団出身です。
更に歌手デビュー前にNHKの連続テレビ小説にも出演しています。
後述しますが、小柳ルミ子は歌手としてデビュー直後から大成功しているので、歌手として芸能界デビューしたというイメージが強いと思いますが、実際には役者としてのデビューのほうが早く、更には宝塚歌劇団の出身だったのです。

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日本芸能界史上最高の歌手デビュー

小柳ルミ子は、宝塚歌劇団の加入や連続テレビ小説の出演の前から一貫して歌手志望であり、子供のころから歌手になるために様々な稽古事を習っていました。
以下、小柳ルミ子が習っていたとされるものです。

・歌
・ピアノ
・クラシックバレエ
・モダンバレエ
・ジャズダンス
・タップダンス
・日本舞踊
※他に芸能と関係ないが習字も習っていた

小柳ルミ子の母親は芸能界に対し強い憧れがあったそうで、娘に過剰と言えるまで稽古事を習わせ、芸能界入りを後押ししていました。
そんなこともあってか、小柳ルミ子は宝塚音楽学校在籍時には(もしくは宝塚音楽学校入学前から)既に歌手になるための模索を始め、宝塚音楽学校の首席卒業を条件に渡辺プロダクションとの契約が内定してそうです。(実際に首席で卒業し、程なく渡辺プロダクションに所属した)
そのため宝塚歌劇団には2か月間しか在籍していません。
小柳ルミ子にとっては、宝塚歌劇団もNHKの連続テレビ小説も通過点に過ぎませんでした。
日本には、宝塚歌劇団に入りたい人も連続テレビ小説に出たい女優も山のようにいるでしょうが、小柳ルミ子にとってこれらのことは、歌手として成り上がるための踏み台でしかありません。

そんな歌手に対する圧倒的な野心のもと、小柳ルミ子は日本芸能界史上最高のデビューを飾ります。※
なんとデビュー曲『わたしの城下町』(1971年4月25日発売)がオリコンチャートの年間1位を獲得、週間チャートでは12週連続で1位を獲得するのです。
この記録(デビュー曲がオリコン年間ランキング1位)は、当然ですが今でも破られることのない大記録です。(1位なので破りようはないが)
そして、1971年の日本レコード大賞の最優秀新人賞も、当然のごとく小柳ルミ子が獲得します。

※歌手として小柳ルミ子に匹敵するようなデビューを飾ったのは、企画物の楽曲(『だんご3兄弟』など)を除き藤圭子と宇多田ヒカルの親子ぐらいしかいない。

当サイトでは、1970年代はオリコンチャート1位を獲得することが難しかったという記述かこれから何度か出てくると思います。(既に何度か出てきて...

歌手として更なる成功、日本歌謡大賞受賞

大成功を収めたデビューの翌年となる1972年4月10日に、小柳ルミ子は再び大ヒット曲となる『瀬戸の花嫁』を発表。
この曲は1972年のオリコンチャート年間2位を獲得し日本歌謡大賞を受賞するなど、自身の代表作となります。

国民的な人気は、同じ新三人娘で同じ渡辺プロダクション所属の天地真理に後塵を拝しましたが、レコードの売り上げと歌手としての実績は圧倒し、NHK紅白歌合戦の出演回数は天地真理の3回を大きく上回る18回(18回連続)を誇ります。
このNHK紅白歌合戦の出場回数は、70年代の女性アイドルとしては最多で、全女性アイドルで見ても松田聖子に次ぐ回数となっています。(デビュー当時アイドル活動をして、後に演歌歌手にシフトした石川さゆりは除く)

小柳ルミ子はアイドルなのか?

森昌子のときにも書きましたが、小柳ルミ子はアイドルなのか歌謡曲を歌う歌手なのか判断の難しいところです。
デビュー曲の『私の城下町』は、アイドル歌謡の曲調ではなく、いかにも日本歌謡といった曲調で、むしろ演歌寄りに近いものでした。
おそらくこの曲を歌う歌手は、今だったらアイドルには分類されないでしょう。
結局、アイドル歌手という分野が天地真理により築かれている部分が大きいので、天地真理より前のデビューしている小柳ルミ子は、扱いはアイドルなのに歌っている曲はアイドル歌謡ではないという1970年代前半特有の不思議な現象が起きていたものと想定されます。

小柳ルミ子と八重歯

デビュー当時の小柳ルミ子と言えば、可愛い八重歯のイメージがあり、当時を知る人にとっては『八重歯のアイドル=小柳ルミ子』というイメージもあると思います。
実際、1981年に八重歯を抜歯した際には、ファンが止めに来たというエピソードもあるほどです。
八重歯の抜歯は当時としては珍しく、小柳ルミ子は八重歯を治す先駆け的存在でした。

なぜここで小柳ルミ子の八重歯につい言及したのかというと、近年行われた『(抜歯した人も含めて)八重歯の可愛い芸能人と言えば?』というアンケートで、小柳ルミ子が全くランクインしていなかったのです。
参照:【https://ranking.goo.ne.jp/vote/results/138/

最近の人に票が集まるのはわかりますが、いくら何でも小柳ルミ子の順位が低すぎるだろうと感じ、小柳ルミ子と八重歯について思いを馳せてみました。(;^_^A

お久しぶりなヒット曲『お久しぶりね』

大ヒットとなった『瀬戸の花嫁』以降も、小柳ルミ子にはヒット曲を出していましたが、他のアイドルの例に漏れず売り上げは徐々に下がっていきます。
1980年代に入るとレコード売上の落ち込みは顕著で、オリコンチャート100位以内にすら入らなくなってしまいました。
そんな状況の1983年7月21日に出した37枚目のシングル曲『お久しぶりね』が、タイトル通り久しぶりのヒット。
オリコンチャートでは7年ぶりのトップ10入りを果たします。
この曲は男女が久しぶりに再会する歌でしたが、聴いた人のほとんどは、小柳ルミ子の久しぶりのヒット曲に対して『お久しぶりね』と感じとったことでしょう。

女優・小柳ルミ子

『おひさしぶりね』のヒットに前後して、小柳ルミ子は映画界でも活躍します。
1982年度の日本アカデミー賞では『誘拐報道』で最優秀助演女優賞を獲得、更に翌年の1983年度には『白蛇抄』に主演し、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞も獲得します。
小柳ルミ子は、上記したように日本レコード大賞の新人賞と日本歌謡大賞を獲得しており、日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞と最優秀主演女優賞を合わせ、日本の芸能界における主要な賞を4つも獲得しています。
当然、この4つの賞を1人で獲った人はおらず、音楽界の最高の賞と、映画界の最優秀主演賞を獲得したのも、小柳ルミ子以外には、吉永小百合(日本レコード大賞※、日本アカデミー賞他多数)、寺尾聡(日本レコード大賞他多数、日本アカデミー賞他多数)、中山美穂(FNS歌謡祭グランプリ、ブルーリボン賞)の3人しかいません。(※吉永小百合のが獲得した日本レコード大賞は橋幸夫とのデュエット)

このように小柳ルミ子は女優としても成功を収め、1990年代以降も当時大きな話題となった『家なき子』で主演の安達祐実を虐める叔母の役など、インパクト残る役を演じました。

1980年代までのアイドル活動と言えば、歌手活動がメインで賞レース形式の音楽祭がいくつもありました。 一方で、アイドル時代から役者としてそ...

コメディエンヌ&バラエティタレントとしての活躍

小柳ルミ子が成功したのは音楽界や映画界だけではなく、コント番組やバラエティ番組でも大活躍しました。
コント番組として毎週高視聴率を獲得した『8時だよ全員集合』には最多ゲストとして出演し、数々のコントを演じています。
現在もバラエティタレントとしてテレビ出演する機会が多いことは、皆さんもご存知のことでしょう。

大幅な路線変更&大澄賢也との結婚

『おひさしぶりね』以降の小柳ルミ子は、過激な衣装と過激なダンスを披露するようになり、コンサートなどでも若い男性ダンサーを従える過激な演出が増えていきます。
そんなダンサーの1人であった大澄賢也と小柳ルミ子は1989年に年に結婚し、深夜のテレビ番組で夫婦で激しいダンスをしながら料理を作るという奇怪なコーナーが話題になったこともありました。

この頃、デビュー以来所属していた渡辺プロダクションから独立しているので、こういった路線変更に事務所独立の問題が影響がしているのかもしれません。(ただし、これらの路線変更は事務所独立以前から現れている)

現在の小柳ルミ子

大澄賢也と2000年に離婚した小柳ルミ子ですが、その後も芸能界の第一線で活躍し、浅田美代子や榊原郁恵ら共に現在に至るまでもっとも売れている70年代アイドルの1人です。
更に最近はサッカーに異常にハマりだし、サッカー経験者でもないのにサッカー解説をするにまで至っています。
芸能界のあらゆる分野で成功した小柳ルミ子が次に目指したものが、サッカー解説だったと予想した人は世の中広しといえども1人もいなかったことでしょう。(;^_^A

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私の好きな小柳ルミ子楽曲

私が好きな小柳ルミ子の楽曲は、やはり

瀬戸の花嫁

です。

この楽曲は日本歌謡界においても重要な楽曲と言える存在ですし、アイドルが初めて音楽祭で大賞を獲ったという事実から考えても大きな意味がある楽曲だと思います。

それと、久しぶりのヒット曲が『お久しぶりね』であることは、今考えても出来すぎなくらいに面白いと感じます。

小柳ルミ子のおすすめ商品

ベストアルバム


ゴールデン☆ベスト 小柳ルミ子 シングル・コレクション [ 小柳ルミ子 ]

こちらは、小柳ルミ子が1971年から1988年まで発売した全てのシングルレコードのA面曲を収録したのベストアルバムになります。

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