懐メロサウンドで大ヒット『Mi-Ke』

Mi-Keプロフィール

メンバー生年月日 宇徳敬子:1967年4月7日
村上遙:1969年12月3日
渡辺真美:1969年9月22日
芸能界入り 宇徳敬子:スカウト
村上遙:スカウト
渡辺真美:不明
初出世作 楽曲『おどるポンポコリン』(1990年)
※B.B.クィーンズが初めてメディアに登場したのは1990年8月
CDデビュー 1990年4月4日(おどるポンポコリン)※B.B.クィーンズとして
1991年2月14日(想い出の九十九里浜)※Mi-Keとして
1993年8月4日(あなたの夢の中 そっと忍び込みたい)※宇徳敬子のソロデビュー
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
1991年日本レコード大賞最優秀新人賞
1991年日本有線大賞最優秀新人賞
1991年全日本有線放送大賞最優秀新人賞
1991年新宿音楽祭金賞
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
1990年日本レコード大賞 ※
1990年FNS歌謡祭グランプリ ※
※『B.B.クィーンズ』として
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1990年度音楽賞 ※B.B.クィーンズとして
1991年度音楽新人賞
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2020年まで)
3回(内1回は『B.B.クィーンズとして』)
代表曲
()内はオリコン最高順位
90年:おどるポンポコリン(1位)※1
90年:ギンギラパラダイス(2位)※1
91年:想い出の九十九里浜(5位)
91年:好きさ好きさ好きさ(9位)
91年:ぼくらの七日間戦争〜Seven Days Dream〜(10位)※1
91年:ブルーライト ヨコスカ(13位)
91年:ドレミファだいじょーぶ(圏外)※1
91年:しょげないでよBaby(カップリング)※1
92年:サーフィン・JAPAN(10位)
93年:まぶしい人(14位)※2
97位:光と影のロマン(20位)※2
他多数

※1、『B.B.クィーンズ』の楽曲
※2、宇徳敬子の楽曲

ホームページ https://berock.jp/(宇徳敬子のサイト)

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目次

Mi-Keの誕生はかなり適当?

『Mi-Ke』誕生のきっかけは、アニメ『ちびまる子ちゃん』のエンディングテーマ『おどるポンポコリン』を歌った『B.B.クィーンズ』にあります。
このB.B.クィーンズのコーラスを担当しているのがMi-Keなのですが、当初は明確なグループと言うほどのものではありませんでした。
そもそもB.B.クィーンズ自体が表に出ること想定していなかったと思われます。
ましてや『おどるポンポコリン』がミリオンセラーとなり日本レコード大賞まで獲得するなんて想定していた人は、当時誰もいなかったはずです。
それを証拠に、メインボーカルを務めた坪倉唯子は買い取り報酬で著作権料をもらっていません。(T_T)

しかし、あらゆる面で斬新だった『ちびまる子ちゃん』は次第に話題となり、アニメ史上最高となる視聴率39.9%を獲得するにまで至ります。(機械式で正確な視聴率を測定するようになって以降のデータ)
それの呼応して、これまた斬新だったエンディングテーマ『おどるポンポコリン』もヒットしていきます。
そういった状況からB.B.クィーンズはテレビなどのメディアでも歌を披露することになるのですが、その際に歌の賑やかな雰囲気に合わせ踊るコーラス隊して結成されたの『B.B.クィーンズシスターズ』で、後のMi-Keなのです。

ちなみに、Mi-Keという名前は当時流行していたバンド『たま』をもじったものであり、名前から見ても本格的に売り出そうとの考えはあまりなかったように感じます。(;^_^A

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Mi-Keがアイドルとして扱われた理由

上記のように意図せずに注目を集めることとなったMi-Keですが、デビュー当時の年齢は宇徳敬子が23歳で他の2人は21歳とアイドルとしてデビューするような年齢ではなく、実際に純粋なアイドルとも異なる存在です。
しかし『おどるポンポコリン』のヒットからの流れで、あれよあれよと流れに任せてアイドル的な扱いを受けることとなります。
それには明確な理由がありました。

Mi-Keのメンバーは可愛かったのです!

Mi-Keのメンバーは元々スターダストプロモーション所属のモデルとして活動していたので当然といえば当然な話です。
特にメインボーカルの宇徳敬子の顔立ちは当時のアイドルを一掃してしまうぐらい可愛らしかったので、年齢的なマイナス面を押しのけてアイドル的な人気を得ることとなりました。

1960年代までの芸能界は、渡辺プロダクション(小柳ルミ子、天地真理、キャンディーズらが在籍)がとても強い権力を持っていたのですが、1970...

Mi-Keと音楽賞

上記した通りB.B.クィーンズは1990年に日本レコード大賞を獲得している他、FNS歌謡祭でもグランプリを獲得。
その翌年にB.B.クィーンズから分離したMi-Keは、新人扱いで日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得した他、日本有線大賞最優秀新人賞、全日本有線放送大賞最優秀新人賞も獲得するなど大活躍となります。
日本歌謡界の長い歴史の中で日本レコード大賞最優秀新人賞と日本レコード大賞を受賞した人はごく僅かですが、日本レコード大賞受賞してから最優秀新人賞を受賞した人はMi-Keだけであり、今後もシステム上そう簡単には現れることはないでしょう。

1970年代後半から1980年代には1年に1回開催される形の音楽賞が多数ありました。 そんな音楽賞における大賞相当の賞および最優秀新人賞相...

Mi-Keの楽曲

Mi-Keのメンバーには三毛猫に含まれる色の担当があり、白が宇徳敬子、茶色が村上遙、黒が渡辺真美となっていました。
こんな3人組のMi-Keですが、楽曲の収録はコーラス部分も含めほとんど宇徳敬子1人で行っていたそうです。
これを実際の三毛猫の画像で表すと・・・

このようになります。
以上です。(;^_^A

スターダストプロモーションとビーイングの関係性

芸能事務所『スターダストプロモーション』を作った細野義朗とレコード会社『ビーイング』を作った長戸大幸は昔から仲が良かったらしく、スターダストプロモーション所属のモデルやアイドルがビーイングからデビュー(あるいは移籍)するという事例が当時多くありました。
桜っ子クラブさくら組出身の中谷美紀や、アクションズというパフォーマンス集団から選抜されていったMANISHなどがその例で、その中でも代表的な人物がZARDのボーカル坂井泉水です。

坂井泉水はキャンペーンガールやレースクイーンから、1990年代前半の一大ブームとなったガールズポップと呼ばれる歌手の代表へと見事な変貌を遂げました。
Mi-Keもおそらく同じような流れでデビューしたものと思われす。
特に宇徳敬子は坂井泉水と年齢が近く(共に1967年生まれだが学年は坂井泉水1つ上)、歌唱力や外見力の高さを考えると、ちょっとしたタイミングのズレで坂井泉水と宇徳敬子の活動が入れ替わっていた可能性もあったのかもしれません。
ZARDのボーカルを務める宇徳敬子やMi-Keのメンバーとなる坂井泉水もなかなか面白そうで見てみたかったものです。(;^_^A

以前記載した1990年代に一大ブームを起こすグラビアアイドルと密接に関係する存在として、水着キャンペーンガールも忘れてはなりません。 19...

Mi-Keの音楽と当時のアイドルソング

Mi-Keの音楽は、明確なカバーではないもののグループサウンドなどといった1960年代や1970年代の楽曲を思わせる曲調で、歌詞の引用も大胆に行っていました。(2ndシングルの『好きさ好きさ好きさ/スワンの涙』は明確なカバー曲)
Mi-Keがデビューして以降は“アイドル冬の時代”と言われるほどアイドル文化が冷え込んでいくのですが、Mi-Keがこういった楽曲でヒットを重ねた影響で、当時のアイドル界にはカバー曲がちょっとしたブームになったようです。
井上晴美の『ふりむかないで』(1991年6月12日発売)、胡桃沢ひろ子の『恋する夏の日』(1991年11月6日発売)、ribbonの『Do You Remember Me?』(1992年12月2日発売)など、当時のアイドルは次々とカバー曲のシングルを発売しています。
更に、キャンディーズを踏襲した『CAN-Dee』(1995年デビュー)、ピンク・レディーを踏襲した『ピンク・レディーX』(1996年デビュー)といったグループも1990年代後半に誕生しました。
どれもヒットしたとは言い難いのですが、当時のアイドルソングはカバー曲が1つのキーポイントになっていたように感じます。

1990年代当時にカバー曲が増えた理由は、『SUPER WEEKEND LIVE 土曜深夜族』(1988年4月~1989年2月放送)や『夜も一生けんめい。』(1990年4月~1995年3月放送)などといった懐メロを扱う音楽バラエティ番組の影響もあると思われます。

Mi-Keのその後

Mi-Keは、1993年12月8日に発売した7枚目のアルバム『永遠のリバプールサウンド〜Please Please Me, LOVE.』を最後に活動休止となります。
その後、宇徳敬子はソロ歌手として成功し現在も音楽活動を継続中です。
村上遙はナレーターなどの仕事をしていましたが、現在は引退し沖縄で生活しているそうです。
渡辺真美は活動休止期間を経て2008年頃から音楽活動を再開し、現在は名前を『麻宮百』に改名し活動をしているとのことです。

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私の好きなMi-Ke楽曲

私が1番好きなMi-Keの楽曲は、

想い出の九十九里浜

です。
『ちびまる子ちゃん』の放送からB.B.クィーンズによる『おどるポンポコリン』のヒット&日本レコード大賞の授賞、更にB.B.クィーンズから派生したMi-Keのデビューと『想い出の九十九里浜』による日本レコード大賞最優秀新人賞授賞までの展開の速さは、ソニック・ザ・ヘッジホッグ※並みのスピードでかなり驚かされたと記憶しています。(;^_^A
※宇徳敬子は、セガのゲーム『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』の主題歌を担当している。

フォークソングのタイトルを上手いこと並べただけという遊び心満載だった『白い2白いサンゴ礁』も印象的な楽曲でした。

Mi-Keのオススメ商品

Mi-Ke Golden Hits 20th Anniversary [CD+DVD]

こちらは、Mi-Ke結成20周年の際に発売されたベストアルバムで、ミュージックビデオを収めたDVD付きとなります。

BEST OF BEST 1000 B.B.クィーンズ [CD]

こちらは、Mi-Keがコーラスとして参加している『B.B.クィーンズ』のベストアルバムとなります。

宇徳敬子 COMPLETE BEST~Single Collection~ [CD+DVD]

こちらは、2011年に発売された宇徳敬子のベストアルバムで、プロモーションビデオとヒルズパン工場で行ったライブの映像を収めたDVD付きとなります。

『宇徳敬子コンサート2011~WOMAN~』 at 日本橋三井ホール [DVD]

こちらは、宇徳敬子が2011年12月に日本橋三井ホールで行ったコンサートの模様を収めたDVDとなります。

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