美脚の女王『森高千里』

森高千里プロフィール

生年月日 1969年4月11日
芸能界入り 『第1回ポカリスエット・イメージガールコンテスト』グランプリ
キャッチフレーズ
レコードデビュー 1987年5月25日(NEW SEASON)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
日本アカデミー賞受賞歴
(最優秀賞、新人賞)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2019年まで)
6回
代表曲
()内はオリコン最高順位
89年:17才(8位)
90年:雨(2位)
91年:この街(4位)
91年:ファイト!!(10位)
92年:私がオバさんになっても(15位)
93年:渡良瀬橋(9位)
93年:私の夏(5位)
93年:風に吹かれて(1位)
94年:気分爽快(3位)
94年:夏の日(5位)
94年:素敵な誕生日(1位)
95年:二人は恋人(5位)
95年:休みの午後(5位)
95年:ジン ジン ジングルベル(2位)
96年:SO BLUE(7位)
96年:ララ サンシャイン(5位)
96位:銀色の夢(9位)
他多数
ホームページ http://www.moritaka-chisato.com/
https://moritaka-web.com/
https://wmg.jp/moritakachisato/

デビューは歌手ではなくCM?

森高千里と言えば、歌手のイメージがとても強いと思います。
実際に森高千里はごく初期の活動を除き映画やドラマなどに出ませんですし、テレビ番組も基本的に音楽関係の番組ばかりとなっています。
しかし実際はポカリスエットのCMがデビューで、歌手としての能力が買われて芸能界入りしたわけではありませんでした。

地道な歌手活動

森高千里は、デビューのきっかけとなったポカリスエットの映画プロジェクトであるポカリスエットムービーキャラバン『あいつに恋して』に主演し、主題歌も任せられ1987年5月25日に『NEW SEASON』でデビューします。
森高千里の活動初期の楽曲と言えば『17才』が有名で、この曲でデビューしたと思っている人もいるようなのですが、17才はデビューからちょうど2年目のときに出した7枚目のシングルで、それまでは小さなライブ会場などで地道な歌手活動を行っていました。

カバー曲『17才』

デビュー間もない頃の森高千里は、南沙織のヒット曲『17才』にアレンジを加えたものをライブなどでよく歌っており、なかなか好評を得ていたということで、この曲をデビューからちょうど2年目となる1989年5月25日にシングルとして発売することにします。

沖縄から来た少女『南沙織』
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しかもただ発売しただけではなく、現役バリバリのアイドルでも履かないようなヒラヒラのミニスカートを履いてプロモーション活動を行ったのです。
1989年というアイドルブームが終焉に向かっている時代に、あえて過剰なまでのアイドル路線でプロモーションしたことが逆に話題となり、17歳は森高千里にとっての初ヒット(オリコンで初めてベスト10入り)となりました。
この17才で行ったミニスカートでの歌唱により、森高千里は

美脚の女王
ミニスカートの女王

として名を馳せることとなるのです。

※ちなみに『17才』発売当時の森高千里は20歳で、カップリング曲は『20才』となっています。(;^_^A

90年代を代表するガールズポップ

『17才』で注目された森高千里は、翌年には完全なオリジナル楽曲である『雨』をヒットさせ(オリコン最高順位2位)、以降、アイドルではなくガールズポップの歌手として扱われます。
1990年代は、アイドル文化が廃れた代わりにガールズポップと呼ばれる若い女性アーティストに人気が集まっていました。(代表的なガールズポップ歌手として、ZARD、大黒摩季、広瀬香美などがいる)
森高千里もそのガールズポップ歌手の1人で、作詞も自身で行うなど、このころは既にアイドルとして扱うような人ではなくなっていました。
このように森高千里は、見た目的にはアイドル的な雰囲気も残しつつ、1人のアーティストとして成長していくのです。

私がオバさんになっても

『雨』の発売からおよそ2年が経った1992年6月25日、森高千里は『私がオバさんになっても』という曲を発売します。
アルバム先行の曲だったこともありオリコン最高順位は15位止まりでしたが、25週に渡りオリコンチャート入りし自身の代名詞と呼べる作品となりました。(調べ直すまでオリコン5位以内に入っているかと思っていました)
売り上げのもっと良いシングル曲は多数ありますが、『私がオバさんになっても』のストレートな歌詞は売り上げ以上に記憶に残るもので、現在でも歌番組などでよく歌われる楽曲となっています。

この『私がオバさんになっても』以降、1996年11月11日発売のシングル『銀色の夢』まで、森高千里の出す曲のほぼ全てがヒットするという状況となりました。

作詞家・森高千里

森高千里は、6thシングルの『ザ・ストレス』以降のほとんどの作品で自ら作詞を行うようになりました。
上記した『私がオバさんになっても』もそうなのですが、森高千里の作詞はとてもストレートな言葉で構成されています。
普通の作詞家なら、詞の中であえて遠回しな言い回しをしてみたりと、ちょっとした小細工を入れてくるものですが、森高千里の詞にはそういったことが一切なく、日本の歌によくある突然出てくる英語歌詞もほぼありません。

ザ・ミーハー
ザ・ストレス
勉強の歌

などといった森高千里のシングルタイトルを見ても分かる通り、取り上げる題材からして非常に直感的です。
アルバム曲に至っては、本当に直感的かつストレートな歌詞が目立ちます。(例:見つけたサイフ
このような森高千里が作詞した直感的かつストレートな楽曲は、場合によってはコミックソングのようにすら感じてしまうかもしれません。
聴き慣れていない人にとって、こういった独特な作詞に違和感を感じるかもしれませんが、逆にこれが森高千里楽曲の特徴となっており、ヒットを重ねた原因にも繋がっていると思われます。

見た目が変わらない芸能人

1999年に俳優の江口洋介と結婚した森高千里は、芸能活動を大幅に抑えることになりますが、子育てに一段落ついたのか2015年に音楽番組のMCとして芸能界に本格復帰します。
その際に話題になったのは、歌声や代名詞となった美脚ではなく、若い頃とほとんど変わらない見た目でした。
現在でも奇跡のアラフィフと呼ばれるなど、その若さの秘訣に注目が集まっているようです。(^o^)

私が好きな森高千里楽曲

私が好きな森高千里の楽曲は、

この街

です。

森高千里といえばライブコンサートが有名ですが、デビュー間もない頃はライブで盛り上がるようなヒット曲が『17才』しかありませんでした。
しかし17才はカバー曲であり、ファンはオリジナル作品のヒットを強く望んでいたのです。
その後『雨』がヒットするのですが、『雨』はバラード曲なのでライブで盛り上がるような曲とは言えません。
そういった状況で『この街』(『勉強の歌』と両A面)がヒットしたので、ファンの思い入れも強く、森高千里のライブではとても盛り上がる楽曲として知られ、私自身も当然好きな曲となっています。

更に森高千里の代名詞である

私がオバサンになっても

も大好きな1曲です。

森高千里のオススメ商品

ザ・シングルス

こちらは森高千里のデビュー25周年の際に出されたベストアルバムで、それまでの全シングルが収録されています。

『見て ~スペシャル~ ライヴ in 汐留』DVD

こちらは、『17才』が発売される直前に行われたコンサートDVDで、森高千里のもっともアイドルっぽかったときの模様が収められています。
私が1番好きなコンサートの映像作品です。

『30周年Final 企画「ザ・シングルス」Day1・Day2 LIVE 2018 完全版』Blu-ray

こちらは森高千里デビュー30周年の際に行われたシングルコレクションコンサートの模様を収めたBlu-rayで、シングル曲を発売順に歌う構成となっています。

森高千里としか言えない

こちらは2012年に出された森高千里に関する書籍となります。

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