史上最強の素人集団『おニャン子クラブ』

おニャン子クラブプロフィール


ザ プレミアムベスト おニャン子クラブ [ おニャン子クラブ ]

結成日 1985年4月1日
メンバー 書ききれません!!
キャッチフレーズ
レコードデビュー 1985年7月5日(セーラー服を脱がさないで)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
紅白歌合戦出場回数
(2018年まで)
0回
※各メンバーの出場回数はメンバー個別のページで記載
代表曲
()内はオリコン最高順位
85年:セーラー服を脱がさないで(5位)
85年:真っ赤な自転車(アルバム)
85年:およしになってねTEACHER(2位)
86年:じゃあね(1位)
86年:会員番号の唄※
86年:恋はくえすちょん(1位)
他多数
※会員番号の唄は、吉沢秋絵のシングルである『季節はずれの恋』のB面曲
ホームページ

おニャン子クラブのメンバーとは?

おニャン子クラブのメンバーと言えば、パッと浮かんだだけでも、

新田恵利(会員番号4番)
国生さゆり(会員番号8番)
城之内早苗(会員番号17番)
渡辺美奈代(会員番号29番)
渡辺満里奈(会員番号36番)
工藤静香(会員番号38番)
生稲晃子(会員番号40番)

などの現在でも芸能界で活躍する人たちがおり、その他にも秋元康夫人の高井麻巳子(会員番号16番)、作曲家である後藤次利夫人の河合その子(会員番号12番)、90年代にバラエティ番組で大活躍した岩井由紀子(会員番号19番)などなど、おニャン子クラブは本当に数多くのアイドルを輩出するグループでした。
また、グループ内ユニットとしても、

ニャンギラス(樹原亜紀、名越美香、立見里歌、白石麻子)
うしろゆびさされ組(高井麻巳子、岩井由紀子)
うしろ髪ひかれ隊(工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子)

の3組がレコードデビューし、特に後ろの2組はヒット曲にも恵まれます。

元々は夕やけニャンニャンの番組アシスタント

おニャン子クラブが出演したテレビ番組『夕やけニャンニャン』は、元は素人大学生がアシスタントを務めるオールナイト・フジの高校生版として企画されたもので、毎週月曜日から金曜日までの夕方に生放送されていました。
このような企画だったため、おニャン子クラブメンバーはほとんどが素人の高校生で構成されます。
これは、アイドルの成長を見せることをコンセプトとした未完成なAKB48にも繋がり、AKB48自身も当初『平成のおニャン子クラブ』などと称されていました。
そもそも、おニャン子クラブの楽曲の作詞を担当し、夕やけニャンニャンの企画や構成をしたのがAKB48グループのプロデューサーである秋元康なのですから、当たり前といえば当たり前の話です。

主なおニャン子クラブ出身者

新田恵利
会員番号:4番
生年月日:1968年3月17日
ソロデビュー日:1986年1月1日(冬のオペラグラス)
加入日:1985年4月1日(結成メンバー)
卒業日:1986年9月26日
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

中島美春
会員番号:5番
生年月日:1967年10月1日
ソロデビュー日:1986年2月21日(じゃあね)※
加入日:1985年4月1日(結成メンバー)
卒業日:1986年3月31日
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。
※おニャン子クラブ名義の曲だが、実質的に中島美春のソロ曲なのでソロデビュー日とする。

樹原亜紀
会員番号:6番
生年月日:1969年3月30日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年4月1日(結成メンバー)
卒業日:1987年3月30日
概要:ニャンギラスのメンバー。彼女の詳細はニャンギラスの記事で書く予定。

国生さゆり
会員番号:8番
生年月日:1966年12月22日
ソロデビュー日:1986年2月1日(バレンタイン・キッス)
加入日:1985年4月1日(結成メンバー)
卒業日:1987年3月30日
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

名越美香
会員番号:9番
生年月日:1966年4月13日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年4月1日(結成メンバー)
卒業日:1986年9月26日
概要:ニャンギラスのメンバー。彼女の詳細はニャンギラスの記事で書く予定。

福永恵規
会員番号:11番
生年月日:1967年1月26日
ソロデビュー日:1986年5月21日(風のInvitation)
加入日:1985年4月1日(結成メンバー)
卒業日:1986年9月26日
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

河合その子
会員番号:12番
生年月日:1965年6月20日
ソロデビュー日:1985年9月1日(涙の茉莉花LOVE)
加入日:1985年4月5日
卒業日:1986年3月31日
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

内海和子
会員番号:13番
生年月日:1967年2月16日
ソロデビュー日:1986年11月7日(蒼いメモリーズ)
加入日:1985年4月5日
卒業日:1987年3月30日
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

富川春美
会員番号:14番
生年月日:1968年9月26日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年4月5日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:おニャン子クラブにもっとも長く在籍したメンバーで、後期のフロントメンバー。おニャン子クラブ解散後も芸能活動を続けるが、程なくして引退し沖縄のリゾートホテルに就職。

立見里歌
会員番号:15番
生年月日:1965年11月14日
ソロデビュー日:1987年3月18日(そんなつもりじゃなかったのに)
加入日:1985年4月19日
卒業日:1987年3月30日
概要:ニャンギラスのメンバー。彼女の詳細はニャンギラスの記事で書く予定。

高井麻巳子
会員番号:16番
生年月日:1966年12月28日
ソロデビュー日:1986年6月25日(シンデレラたちへの伝言)
加入日:1985年4月26日
卒業日:1987年3月30日
概要:うしろゆびさされ組のメンバー。彼女の詳細は個別記事で書く予定。

城之内早苗
会員番号:17番
生年月日:1968年5月17日
ソロデビュー日:1986年6月11日(あじさい橋)
加入日:1985年5月10日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

永田ルリ子
会員番号:18番
生年月日:1967年6月23日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年5月17日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:おニャン子クラブ後期のフロントメンバーとして活躍。解散翌年の1988年にテレビディレクターと結婚し芸能界を引退。おニャン子クラブの出版物では全て彼女の存在が消されており、結婚の時期や相手から旦那とフジテレビに何らかのトラブルがあったのではないかと噂されているが真相は不明。

岩井由紀子
会員番号:19番
生年月日:1968年5月26日
ソロデビュー日: 1987年3月25日(天使のボディーガード)
加入日:1985年6月21日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:うしろゆびさされ組のメンバー。彼女の詳細は個別記事で書く予定。

五味岡たまき
会員番号:21番
生年月日:1970年1月19日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年7月26日
卒業日:1985年9月20日
概要:おニャン子クラブとしての活動はほとんどないが、卒業後にテレビ朝日の子供向けバラエティ番組『パオパオチャンネル』や、3年B組金八先生のスペシャルドラマなどに出演していた。現在は芸能界を引退した模様。

白石麻子
会員番号:22番
生年月日:1969年6月12日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年8月2日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:ニャンギラスのメンバー。彼女の詳細はニャンギラスの記事で書く予定。

吉沢秋絵
会員番号:25番
生年月日:1968年10月20日
ソロデビュー日:1985年11月1日(なぜ?の嵐)
加入日:1985年8月30日
卒業日:1986年9月26日
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

横田睦美
会員番号:28番
生年月日:1967年9月26日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年11月29日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:おニャン子クラブ解散後しばらくは芸能活動を続けたが、比較的早い時期に芸能界をやめた模様。現在はヨガ教室を開いているとの噂。

渡辺美奈代
会員番号:29番
生年月日:1969年9月28日
ソロデビュー日:1986年7月16日(瞳に約束)
加入日:1985年11月29日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

山本スーザン久美子
会員番号:32番
生年月日:1966年6月26日
ソロデビュー日:-
加入日:1985年12月13日
卒業日:1986年9月26日
概要:おニャン子クラブ唯一のハーフメンバーで、活動期間は短いがとても目立つ存在だった。卒業後はJR東海に就職。

布川智子
会員番号:33番
生年月日:1968年8月30日
ソロデビュー日:-
加入日:1986年1月17日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:シブがき隊の布川敏和の妹で『夕焼けニャンニャン』内でも、そのことをよく弄られていた。おニャン子クラブ解散と同時に芸能界を引退したが、2011年に本名(夫の名字)の『荻野智子』として芸能活動を再開した。

渡辺満里奈
会員番号:36番
生年月日:1970年11月18日
ソロデビュー日:1986年10月8日(深呼吸して)
加入日:1986年3月27日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:彼女の詳細は個別記事で書く予定。

工藤静香
会員番号:38番
生年月日:1970年4月14日
ソロデビュー日:1987年8月31日(禁断のテレパシー)
加入日:1986年5月23日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:うしろ髪ひかれ隊のメンバー。彼女の詳細は個別記事で書く予定。

生稲晃子
会員番号:40 番
生年月日:1968年4月28日
ソロデビュー日: 1988年5月21日(麦わらでダンス)
加入日:1986年6月13日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:うしろ髪ひかれ隊のメンバー。彼女の詳細はうしろ髪ひかれ隊の記事で書く予定。

斉藤満喜子
会員番号:42番
生年月日:1970年9月19日
ソロデビュー日:1988年7月21日(やりたい放題)
加入日:1986年8月10日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:うしろ髪ひかれ隊のメンバー。彼女の詳細はうしろ髪ひかれ隊の記事で書く予定。

山森由里子
会員番号:47番
生年月日:1970年11月30日
ソロデビュー日:-
加入日:1986年10月24日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:オーディションを2回受けて合格。加入間もなかったにもかかわらず、おニャン子メンバーの実質的な人気投票だった『おニャン子ダービー』のランクイン(10位圏内)常連だった。おニャン子クラブ解散と共に芸能界を引退。

我妻佳代
会員番号:48番
生年月日:1968年7月25日
ソロデビュー日:1987年11月21日(プライベートはデンジャラス)
加入日:1987年1月23日
卒業日:1987年9月20日(解散メンバー)
概要:80年代アイドルの芹沢直美の妹。おニャン子クラブの人気がだいぶ落ちていた時期に加入したメンバーだったが、解散後すぐにソロデビューするなど、それなりに人気メンバーであった。1989年に芸能界を引退。

山崎真由美
会員番号:B組5番
生年月日:1971年12月1日
ソロデビュー日:1988年4月1日(瞳をみつめて)
加入日:1986年9月25日
卒業日:1987年3月20日
概要:中学生メンバーのB組出身、卒業後はイエローキャブに所属しグラビアアイドルとして活躍していた。現在は芸能界を引退。

おニャン子クラブから生まれたグループ(派生ユニット)

うしろゆびさされ組

メンバー:高井麻巳子、岩井由紀子
デビュー日:1985年10月5日(うしろゆびさされ組)
解散日:1987年4月5日(高井麻巳子卒業のため)
概要:詳細は別途個別記事で書く予定。

ニャンギラス

メンバー:立見里歌、樹原亜紀、名越美香、白石麻子
デビュー日:1986年4月1日(私は里歌ちゃん)
解散日:1986年9月26日(名越美香卒業のため)
概要:立見里歌がメインのグループ。詳細は別途個別記事で書く予定。

うしろ髪ひかれ隊

メンバー:工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子
デビュー日:1987年5月7日(時の河を越えて)
解散日:1988年5月2日(活動休止)
概要:詳細は別途個別記事で書く予定。

80年代アイドルで数少ないグループアイドル成功例

現在のアイドルは、ほぼ漏れなくと言っていいほどグループで活動しています。
しかし80年代のアイドルは、ほとんどがソロ(個人)で活動していました。
70年代にはキャンディーズとピンク・レディーというグループ型のトップアイドルがいましたし、新三人娘(小柳ルミ子、天地真理、南沙織)や中3トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)のように一括りにされたアイドルもいましたが、80年代のアイドルでまともにヒットしたアイドルグループは、おニャン子クラブ(グループ内ユニットを含む)とWinkぐらいしかいません。
ピンク・レディーの流行からWinkの登場までは10年ほどの開きがあるため、おニャン子クラブはこの間に唯一ヒットしたアイドルグループであり、この点においても当時のおニャン子クラブは異質な存在でした。

ヒットチャートを席巻

1985年におニャン子クラブ系でオリコン1位を獲得したシングル曲は、河合その子の『涙の茉莉花LOVE』だけでしたが(9月16日と23日に1位獲得)、1986年にはオリコン1位を獲得した46曲中30曲をおニャン子クラブ系が占めます。(週で言えば52週中36週)
ということで、以下に1985年から夕やけニャンニャンが終了する1987年8月31日までのオリコン1位楽曲をまとめます。
※太字がおニャン子クラブ、おニャン子クラブメンバー(卒業生も含む)、おニャン子クラブ内ユニットの楽曲です。

【1986年】
1月6日・13日:冬のオペラグラス(新田恵利)
1月20日:冬のオペラグラス(新田恵利)
1月27日:冬のオペラグラス(新田恵利)
2月3日 バナナの涙(うしろゆびさされ組)
2月10日:くちびるNetwork(岡田有希子)
2月17日:DESIRE -情熱-(中森明菜)
2月24日:Broken Sunset(菊池桃子)
3月3日:じゃあね(おニャン子クラブ)
3月10日:季節はずれの恋(吉沢秋絵)
3月17日:季節はずれの恋(吉沢秋絵)
3月24日:My Revolution(渡辺美里)
3月31日:青いスタスィオン(河合その子)
4月7日:青いスタスィオン(河合その子)
4月14日:私は里歌ちゃん(ニャンギラス)
4月21日:恋のロープをほどかないで(新田恵利)
4月28日:恋のロープをほどかないで(新田恵利)
5月5日:おっとCHIKAN!(おニャン子クラブ)
5月12日:象さんのすきゃんてぃ(うしろゆびさされ組)
5月19日:夏を待てない(国生さゆり)
5月26日:夏色片想い(菊池桃子)
6月2日:風のInvitation(福永恵規)
6月9日:ジプシー・クイーン(中森明菜)
6月16日:Song for U.S.A.(チェッカーズ)
6月23日:あじさい橋(城之内早苗)
6月30日:自分でゆーのもなんですけれど(ニャンギラス)
7月7日:シンデレラたちへの伝言(高井麻巳子)
7月14日:再会のラビリンス(河合その子)
7月21日:ダイヤモンド・アイズ(少年隊)
7月28日:瞳に約束(渡辺美奈代)
8月4日:お先に失礼(おニャン子クラブ)
8月11日:不思議な手品のように(新田恵利)
8月18日:スキップ・ビート(KUWATA BAND)
8月25日:ノーブルレッドの瞬間(国生さゆり)
9月1日:青空のかけら(斉藤由貴)
9月8日:渚の『・・・・・』(うしろゆびさされ組)
9月15日:Say Yes!(菊池桃子)
9月22日:鏡の中の私(吉沢秋絵)
9月29日:メロディ(高井麻巳子)
10月6日:Fin(中森明菜)
10月13日:CHA-CHA-CHA(石井明美)
10月20日:深呼吸して(渡辺満里奈)
10月27日:雪の帰り道(渡辺美奈代)
11月3日:悲しい夜を止めて(河合その子)
11月10日:恋はくえすちょん(おニャン子クラブ)
11月17日:ONE DAY(KUWATA BAND)
11月24日:内緒で浪漫映画(新田恵利)
12月1日:技ありっ!(うしろゆびさされ組)
12月8日:バラードのように眠れ(少年隊)
12月15日:あの夏のバイク(国生さゆり)
12月22日:ないものねだりのI Want You(C-C-B)
12月29日:約束(高井麻巳子)

【1987年】
1月5日・12日:ホワイトラビットからのメッセージ(渡辺満里奈)
1月19日:楽園のDoor(南野陽子)
1月26日:TOO ADULT(渡辺美奈代)
2月2日:NO MORE 恋愛ごっこ(おニャン子クラブ)
2月9日:雪國(吉幾三)
2月16日:TANGO NOIR(中森明菜)
2月23日:TANGO NOIR(中森明菜)
3月2日:かしこ(うしろゆびさされ組)
3月9日:水のルージュ(小泉今日子)
3月16日:stripe blue(少年隊)
3月23日:サファイアの瞳(THE ALFEE)
3月30日:かげろう(高井麻巳子)
4月6日:アイドルを探せ(菊池桃子)
4月13日:話しかけたかった(南野陽子)
4月20日:マリーナの夏(渡辺満里奈)
4月27日:PINKのCHAO(渡辺美奈代)
5月4日:Strawberry Time(松田聖子)
5月11日:Strawberry Time(松田聖子)
5月18日:時の河を越えて(うしろ髪ひかれ隊)
5月25日:Strawberry Time(松田聖子)
6月1日:かたつむりサンバ(おニャン子クラブ)
6月8日:水の中のAnswer(杉山清貴)
6月15日:BLONDE(中森明菜)
6月22日:BLONDE(中森明菜)
6月29日:さよならの果実たち(荻野目洋子)
7月6日:君だけに(少年隊)
7月13日:パンドラの恋人(南野陽子)
7月20日:WANDERER(チェッカーズ)
7月27日:夏休みだけのサイドシート(渡辺満里奈)
8月3日:Marionette(BOØWY)
8月10日:アマリリス(渡辺美奈代)
8月17日:Marionette(BOØWY)
8月24日:北の旅人(石原裕次郎)
8月31日:STAR LIGHT(光GENJI)

このように、オリコンチャートはおニャン子クラブ関連の楽曲が並びます。
おニャン子クラブブームの影響で、この時期に楽曲を発表した人の多くがオリコン1位を獲得できなかったため、おニャン子クラブは他のアーティストから恨まれていたという話もあります。

あまりに短かったおニャン子ブーム

夕やけニャンニャンの放送が開始され2年程で初期の主要メンバーが次々と卒業し、夕やけニャンニャン及びおニャン子クラブの人気や活動は先細りとなります。
結果1987年8月31日には夕やけニャンニャンの放送が終了、同年9月20日をもっておニャン子クラブも解散しました。

このようなおニャン子クラブの盛衰を分かりやすく確認するため、オリコンにおけるシングル曲の年間チャートTOP50の中からおニャン子クラブ関連のものだけを抜粋してみました。

【1985年】
38位:セーラー服を脱がさないで(おニャン子クラブ)

【1986年】
10位:青いスタスィオン(河合その子)
13位:冬のオペラグラス(新田恵利)
14位:バレンタイン・キッス(国生さゆり with おニャン子クラブ)
17位:バナナの涙(うしろゆびさされ組)
22位:恋のロープをほどかないで(新田恵利)
23位:じゃあね(おニャン子クラブ)
24位:季節はずれの恋(吉沢秋絵)
29位:夏を待てない(国生さゆり)
35位:渚の『・・・・・』(うしろゆびさされ組)
37位:象さんのすきゃんてぃ(うしろゆびさされ組)
41位:シンデレラたちへの伝言(高井麻巳子)
44位:おっとCHIKAN!(おニャン子クラブ)
46位:瞳に約束(渡辺美奈代)
50位:不思議な手品のように(新田恵利)

【1987年】
37位:ホワイトラビットからのメッセージ(渡辺満里奈)

以上のように、年間ヒットチャート上で見れば、おニャン子クラブの流行は1986年のたった1年しかないのです。
とうより、短かったからこそ、正確に言えばちゃんと終わらせたからこそ、おニャン子クラブは今でも伝説的なアイドルグループとして扱われているのでしょう。
この点も、今のアイドルとは違うところです。

あなたは、新田恵利派?国生さゆり派?

上記したオリコンの年間チャートを見ても分かるとおり、新田恵利と国生さゆりはおニャン子クラブの中で人気を二分するようなメンバーでしたが、おニャン子クラブの中ではこの2人を頂点する2つの派閥があったとされています。
どちらの派閥にも所属せずにお互いと仲の良かった人は、グループで最初にソロデビューした最年長メンバーの河合その子ぐらいで、その他のメンバーはほぼ漏れなくどちらかのグループに所属したと、まことしやかに語られています。

このような派閥ができた原因を探るため、まずは幾つかの項目に分けて新田恵利と国生さゆりの違いを挙げます。

首都圏定住者と地方出身者

新田恵利は、埼玉県南部で暮らしていたため東京まで電車で通え、夕やけニャンニャンの撮影スタジオである旧フジテレビ社屋(新宿区河田町)までも普通に電車で通っていました。(帰りはタクシーチケットが出たという話もある)
一方、鹿児島県生まれで広島県の高校出身(父の転勤で広島に引っ越していた)の国生さゆりは、上京して1人暮らしをしていました。

学生と社会人

新田恵利は夕やけニャンニャンが始まった時点で高校生(3年)ですが、1歳年上の国生さゆりは高校を卒業し社会人として新しい生活をスタートしていました。

人気の格差

おニャン子クラブが歌う楽曲では、メンバーが多いため数人だけがフロントメンバーとして選抜されていましたが、新田恵利は初期楽曲における4人のフロントメンバーの1人として選ばれていました。
一方、国生さゆりはフロントメンバーに選ばれたことはなく、おニャン子クラブから初めてソロデビューした河合その子のバックダンサーを務めるなど当初はグループ内であまり優遇されていませんでした。

芸能界での経験

国生さゆりは、夕やけニャンニャンが始まる前に第3回ミス・セブンティーンコンテストの全国大会に出場し、CBS・ソニーに仮契約のような形で所属して芸能活動を簡単にですがスタートさせていました。
一方、新田恵利は夕やけニャンニャンが芸能活動のスタートとなっています。(正確には、夕やけニャンニャンの前身番組となるオールナイト・フジの高校生版がデビュー)

2人は以上のように様々な点において違いがあり、仲違いしていくのでした。

当時高校生だった新田恵利は、日給や商品のハワイ旅行に釣られおニャン子クラブに応募したと後に語っており、正に番組企画通りの素人でした。
そのため、ソロデビューの話を断ったり、水着グラビアの撮影で駄々をこねたりととプロ意識に欠ける行動もあったそうです。
一方、高校を卒業し単身上京してきた国生さゆりは、自ら応募したオーディションをきっかけに既に芸能活動をスタートさせており、おニャン子クラブの中でもひときわプロ意識が高かったようです。
このように2人のイデオロギーは完全に相対するものでした。
しかもグループ内で推されていたのはプロ意識の低い新田恵利のほうだったので、このような状況に国生さゆりは耐えられず表立って意見を対立させることもあったそうです。
その結果できたのが、新田恵利派と国生さゆり派という2つの派閥です。

ということで、私が新田恵利派なのか国生さゆり派なのかという話をしたいと思います。

実は、当時の自分は新田恵利の自宅と近い場所に住んでいました。
そのため新田恵利の話題には事欠かず、真実性の高いものから都市伝説レベルのものまで様々な話が入ってくる状況でした。
そんな私は当然、新田恵利派でした・・・と言いたいところですが、

私は国生さゆり派です。

地域的な問題により、新田恵利のネガティブな噂を聞く機会が多かったという事実もありますが、単純に国生さゆりのほうが可愛いと思っていました。
正直、バレンタインデー・キッス当時の国生さゆりは、80年代アイドルの中でもトップレベルに可愛いと今でも思います。
※ただし、おニャン子クラブの中で国生さゆりが1番好にきだったというわけではない。(^_^;)

私の好きなおニャン子楽曲

私が好きなおニャン子クラブの楽曲は、

じゃあね

です。
『じゃあね』は、おニャン子クラブからの卒業及び芸能界引退を決めた中島美春(会員番号5番)に贈った楽曲で、当初は『中島美春 with おニャン子クラブ』名義で発売予定でした。
その後この楽曲は、おニャン子クラブの卒業生を送る楽曲として度々使われることになります。
※ちなみに中島美春と同時におニャン子クラブから卒業した河合その子は、自身のソロ楽曲『青いスタスィオン』のB面(今で言うカップリング曲)として『さよならは言わないで』という卒業ソングを与えられている

もう1つ挙げるとするなら、

会員番号の唄

が好きです。
この『会員番号の唄』は、おニャン子クラブファンの人にとっては定番の楽曲で、メンバー1人1人が会員番号と簡単な自己紹介をしていくという極めて斬新な歌でした。
これを聴いてメンバーを覚えたというファンも多かったと思います。

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おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 1 [ おニャン子クラブ ]


おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 2 [ おニャン子クラブ ]


おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 3 [ おニャン子クラブ ]


おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 4 [ おニャン子クラブ ]


おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 5 [ おニャン子クラブ ]


おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 6 [ おニャン子クラブ ]


おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 7 [ おニャン子クラブ ]


おニャン子クラブ(結成30周年記念) シングルレコード復刻ニャンニャン 8 [ おニャン子クラブ ]

おニャン子クラブのベストアルバムは多数発売されていますが、ソロメンバーの楽曲や派生ユニットの楽曲まで網羅したベストアルバムは、現状このシリーズしかありません。
ファンなら絶対に揃えたい一品ですね。

おニャン子クラブのフォトブック




懐かしのおニャン子クラブ! 元祖素人アイドル回顧録 (M.B.mook)

こちらは、おニャン子クラブメンバーの様々な姿を写したフォトブックです。
見ているだけで懐かしい気分になること間違いなしです。

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