もう、ぷんぷん!『さとう珠緒』

さとう珠緒プロフィール

90年代アイドルのさとう珠緒

生年月日 1973年1月2日
芸能界入り 第2回『ミス・アクション・オーディション』準グランプリ
初出世作 ドラマ『超力戦隊オーレンジャー』(1995年3月)
CDデビュー 1997年8月16日(不機嫌なくちびる)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1997年放送新人賞
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2025年まで)
0回
代表曲
()内はオリコン最高順位

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さとう珠緒のデビューについて

さとう珠緒は、インタビューなどで自身の芸能生活の始まりを、1995年3月3日から1996年2月23日まで放送された戦隊シリーズ『超力戦隊オーレンジャー』のオーピンク(丸尾桃)として出演したときと答える場合があるのですが、実際は全然違います。

さとう珠緒の芸能界入りは、1988年の中学3年生(中学卒業後の春休み期間)のときに漫画アクション主催のアイドルオーディション『第2回ミス・アクション・オーディション』で準グランプリを獲得したところから始まっています。
その後、ミス・アクションの第3回大会までに入賞したメンバー(グランプリ獲得者は除く)で『キキミークラブ』というアイドルグループが結成され、ミス・アクションに選ばれた3人と一緒に、1989年4月から日比谷シャンテにある“合歓の広場”で『土曜日の夜につかえまて!』というラジオ番組を公開生放送を行っていました。
この番組は土曜日の夜21時50分から22時20分までの放送なのですが、そんな時間に公開生放送することも相当変わっていますし、そもそも高校生が多数いるグループを22時台に仕事させている時点で、普通の感覚を大きく逸脱していると指摘せざるを得ません。
ちなみに、このキキミークラブには後に『C.C.ガールズ』の一員となる原田徳子が在籍していました。

その後、さとう珠緒は1度芸能界を離れるも、すぐにモデル系の事務所から声をかけられて雑誌グラビアなどを中心に芸能の仕事を再開させます。(本人の発言も含め、1年足らずで最初の芸能活動を終えたしていることが多いですが、1年以上は確実に活動していたはずです)
1991年には、大阪市茶屋町にあるMBSラジオで放送された『Radio THIS 茶屋町学園』(後に『ヤンタン茶屋町学園』としてリニューアル)から生まれたアイドルグループ『茶屋町学園おちゃめ組』の2期生を募集するオーデイションで準グランプリを獲得し、グループに加入したそうです。
しかし、この『茶屋町学園おちゃめ組』が出演するラジオ番組は大阪限定の放送で、更に日曜(実際は月曜)の深夜1時台から3時台というとても聞きづらい時間帯に放送されていたため、私も実態をよく掴めていません。
いずれにせよ、このころも仕事は雑誌グラビアやドラマのエキストラ出演などというマイナーなものだったようです。

このようなマイナーな芸能活動を経て、さとう珠緒はやっと『超力戦隊オーレンジャー』のオーピンク(丸尾桃)として世に出てくるのです。
名前も佐藤珠緒、桜珠緒、珠緒、さとう珠緒と何度かの変更歴があります。

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戦隊ヒロインからの大出世

最近は状況が変わっていますが、昔の戦隊ヒロインは、ちょっとマイナー路線のアイドルや決して売れているとは言えないような女優が務めることが定番で、その後の活動を含め一般層にまで名前を知られるような人はほとんどいませんでした。
一方、さとう珠緒は放送の『超力戦隊オーレンジャー』に出演以降、メジャーなタレントとして成功していきます。
このようにさとう珠緒は、2つ前の戦隊ヒロイン(恐竜戦隊ジュウレンジャーのヒロイン)だった千葉麗子と共に、戦隊ヒロインからメジャータレントになる先駆けだったわけです。

戦隊ヒロイン出身だった関係で、タレントとして売れ始めた当時のさとう珠緒は変身ポーズを要求されることがしばしばあり、恥ずかしがってやらない人も多い中、さとう珠緒はそれまでの仕事に比べて戦隊ヒロインの仕事がかなりマシだったのか、全力で変身ポーズをしていたことを覚えています。

※この超力戦隊オーレンジャー出演後に、芸名が『珠緒』から『さとう珠緒』へと改名される。

さとう珠緒は初代ミニスカポリスのリーダー!

さとう珠緒は戦隊ヒロインの1人であると同時に、ミニスカポリスの初代メンバーでもあります。
ミニスカポリスとは、テレビ東京の深夜番組『出動!ミニスカポリス』に出演していたミニスカートを履いた警察官姿のグラビアアイドルたちで、初代のメンバーは、リーダーのさとう珠緒の他にイエローキャブ所属の朝比奈まり、後に麻雀プロとなる福山理子の3人でした。
このミニスカポリスには戦隊ヒロインの変身ポーズと同様に決め台詞と決めポーズがあり、さとう珠緒は変身ポーズの次にこの決め台詞と決めポーズを要求されることになります。(;^_^A

なんとこのミニスカポリスは番組が終了した現在も断続的に続いており、現在(2025年)は19代目となっているそうです。Σ(゚Д゚)
ちなみに、さとう珠緒が出演した戦隊ヒーロードラマの次作(激走戦隊カーレンジャー)で戦隊ヒロインを務めた来栖あつこも5代目のミニスカポリスのメンバーとなり、後にグラビアアイドル・タレントとして活躍しています。

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バラエティでの大活躍

その後のさとう珠緒は、過度なぶりっ子キャラが人気となりバラエティ番組に引っ張りだことなります。
当時はアイドル歌手に変わりグラビアアイドルが全盛期を迎えバラエティ番組を席巻するのですが、さとう珠緒もその一翼を担っていました。
このころのさとう珠緒は本当に人気があり、ゴールデンタイムの連続ドラマ(走れ公務員!)で主演を任されることもあったほどです。
また、ぶりっ子キャラクターはお笑い芸人から散々イジられ、当時ブームとなっていたお笑い番組『エンタの神様』では長井秀和に毎回ネタにされた他、爆笑問題の太田光もよくネタにしていました。

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所属事務所との裁判

このように大活躍していたさとう珠緒ですが、報酬はかなり少なかったそうです。
2012年から裁判で争うこととなる当時の所属事務所『プチスマイル』に問題があったようで、高額な報酬をもらったことは1度もないとさとう珠緒自身は語っています。
プチスマイルという芸能事務所は、さとう珠緒が所属していた事務所が倒産後、さとう珠緒1人だけを連れて1993年に立ち上げられたもので、おそらくさとう珠緒と社長の二人三脚で活動していたのでしょうが、その分、お金のやりとりなどはいい加減になっていたのかもしれません。
結局プチスマイルがさとう珠緒からの借金返済を求めて起こした裁判は、2015年にさとう珠緒の全面勝利で判決が出されています。

さとう珠緒のその後

所属事務所と争った裁判の悪影響もあって露出はだいぶ減ったものの、現在もさとう珠緒はタレント活動を続けており、今でもビジネスでぶりっ子キャラを演じ続けています。(;^_^A
前記した戦隊ヒロインやミニスカポリスに関連したイベントに出演したり、過去に競馬関連の番組に長く出演していたことから競馬番組などに呼ばれることも多いようで、今でも仕事はそれなりに充実している模様です。

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