吉沢秋絵プロフィール
| 生年月日 | 1968年10月20日 |
| 芸能界入り | 『夕やけニャンニャン』アイドルを探せ! |
| キャッチフレーズ | - |
| レコードデビュー |
1985年11月1日(なぜ?の嵐) ※『吉沢秋絵 with おニャン子クラブ』名義 |
| 主要音楽祭受賞歴 (最優秀新人賞) |
- |
| 主要音楽祭受賞歴 (大賞) |
- |
| ゴールデン・アロー賞 受賞歴 |
- |
| 主要映画賞受賞歴 (主演賞、助演賞、新人賞) |
- |
| ドラマアカデミー賞受賞歴 (主演賞、助演賞、新人賞) |
- |
| 紅白歌合戦出場回数 (2025年まで) |
0回 |
| 代表曲 ()内はオリコン最高順位 |
85年:なぜ?の嵐(8位) 86年:季節はずれの恋(1位)※ 他多数 ※B面におニャン子クラブの『会員番号の唄』が入っている |
目次
2、吉沢秋絵はスケバン刑事IIに主演するはずだった?
3、『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』への出演
4、衝撃の歌手デビュー
5、会員番号の唄の裏話
6、早々と『おニャン子クラブ』を卒業
7、吉沢秋絵のその後
8、私が好きな吉沢秋絵楽曲
9、クイズ
10、アンケート
11、ホームページ・SNS
12、関連記事
吉沢秋絵はスケバン刑事IIに主演するはずだった?
吉沢秋絵は、『おニャン子クラブ』のメンバー募集とドラマ『スケバン刑事II』の主演を兼ねたオーディション(夕やけニャンニャンの1コーナー『アイドルを探せ』)で見事合格し、おニャン子クラブのメンバー入りを果たします。
しかし『スケバン刑事II』の主演は南野陽子となり、吉沢秋絵は仲間の1人の出演となってしまいました。
このことについては、さすがにデビューしたてのアイドルに連続ドラマの主演を任せることは無理だったとも、最初から南野陽子に決まっていたとも言われていますが、実際のところよく分かっていません。
ただ、オーディション合格からスケバン刑事IIの放送開始まで2ヶ月程度しかないので、やはり最初から主演は南野陽子に決まっていたのだと思います。
おそらくは、当時話題になっていたおニャン子クラブを使い自社ドラマの番組の宣伝をしようとした結果、話題性を優先し現実を反映していないオーディション名を付けたと思われ、当時としてはよくあることだったとも言えます。

『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』への出演
『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』の主演は果たせなかった吉沢秋絵ですが、当ドラマには出演しています。
第1作目の『スケバン刑事』は、敵に対し1人で戦う仮面ライダーのような形式だったのですが、続編の『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』では戦う仲間が2人加わり、戦隊シリーズのように複数人で敵と対峙することになりました。
その3人組の1人として、吉沢秋絵は『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』にメインキャストで出演しているのです。
この女性アイドルが3人セットで戦う形式のドラマは、次作の『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』に引き継がれたほか、『少女コマンドーIZUMI』や『花のあすか組!』などのドラマにも採用され、当時の女性アイドルがよくわからない悪と戦うドラマの雛形となります。
『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』と同時期に放送された『セーラー服反逆同盟』は4人組の形態でしたが、主演の中山美穂が他のドラマの撮影で出演できないことが常態化していたため、ほとんど3人組になっていました。(;^_^A
ちなみに、『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』で戦う3人はそれぞれ武器を使って戦うのですが、吉沢秋絵が演じる矢島雪乃は『琴の爪』を使って戦うこととなります。
衝撃の歌手デビュー
吉沢秋絵は、1985年11月1日に『なぜ?の嵐』で、おニャン子クラブから2人目となるソロデビューを果たします。
おニャン子クラブのオーディションに合格した日が1985年8月30日ですから、デビューまでの期間は2ヶ月しかなく、おそらく加入してすぐにレコーディング作業などに入ったはずです。
そのため歌の練習が足りなかったようで、歌唱力は衝撃的なレベルでした。
おニャン子クラブから最初にデビューした河合その子は、元々歌手要素の強いオーディション出身でCBS・ソニー所属だったため、歌唱力はそれなりにありました。
その落差も相まって、吉沢秋絵の音痴さは目立ってしまったのです。
吉沢秋絵に次いでおニャン子クラブからソロデビューした新田恵利もなかなかの歌唱力だったので、素人を売りにしていたおニャン子クラブメンバーの歌は、こういうものなのかとイメージが付きましたが、吉沢秋絵がデビューした時点ではこんな音痴な人を歌手デビューさせるのかとビックリした記憶があります。
会員番号の唄の裏話
おニャン子クラブのメンバーが会員番号順に自己紹介をしていく『会員番号の唄』という曲があることを、当時のおニャン子クラブを知る人はよく覚えているかと思います。
実はこの曲、おニャン子クラブのレコードではなく吉沢秋絵のシングルのB面に収録されているのです。
おそらく、グループ加入後すぐにデビューした吉沢秋絵のシングルには売り上げ的な不安があり、テコ入れのために、こういった手法をとったものと思われます。
では、吉沢秋絵の1stシングルから2ndシングルまでに発売された、おニャン子クラブ関連のシングルとそのオリコン最高順位をご覧ください。
| 発売日 | 歌手名 | 曲名 | 最高順位 |
|---|---|---|---|
| 1985年10月21日 | おニャン子クラブ | およしになってねTEACHER | 2位 |
| 1985年11月1日 | 吉沢秋絵 | なぜ?の嵐 | 8位 |
| 1985年11月21日 | 河合その子 | 落葉のクレッシェンド | 2位 |
| 1986年1月1日 | 新田恵利 | 冬のオペラグラス | 1位 |
| 1986年1月21日 | うしろゆびさされ組 | バナナの涙 | 1位 |
| 1986年2月1日 | 国生さゆり | バレンタイン・キッス | 2位 |
| 1986年2月21日 | おニャン子クラブ | じゃあね | 1位 |
| 1986年3月1日 | 吉沢秋絵 | 季節はずれの恋 | 1位 |
| 1986年3月21日 | 河合その子 | 青いスタスィオン | 1位 |
この表を見ると、吉沢秋絵の1stシングルが記録したオリコン最高8位は、ちょっと気になる感じがあり、スタッフがテコ入れをしたくなる気持ちもよくわかります。
結果、2ndシングルの『季節はずれの恋』は1位になっているので、テコ入れの効果は抜群だったようです。

早々と『おニャン子クラブ』を卒業
以上のように、かなり期待されて『おニャン子クラブ』に加入した吉沢秋絵でしたが、結局1年少々でグループを卒業してしまいます。
主役を任せられるはずだったドラマでは脇役に回され、加入後すぐに歌手デビューしたためメンバーからの嫉妬は集中、そのデビュー曲も音痴だと言われるなど、おそらく吉沢秋絵にとって、おニャン子クラブは相当ストレスが溜まる活動だったと思われ、早期の脱退に繋がった可能性があります。
吉沢秋絵のその後
おニャン子クラブ卒業後も芸能活動を続けた吉沢秋絵でしたが、目立った活躍はなく1991年に芸能界を引退します。
その後、おニャン子クラブの再結成企画に最初の内は参加していましたが、1997年に放送された『とんねるずのハンマープライス』の再結成企画を最後に参加が止まり、現在の活動は不明となっています。
私が好きな吉沢秋絵楽曲
私が1番好きな吉沢秋絵の楽曲は、
『季節はずれの恋』
です。
レコードのB面に入っているおニャン子クラブの『会員番号の唄』もお勧めです。(;^_^A
クイズ

アンケート
2023年4月、ブログのリニューアルに伴いアンケートを新しいものに差し替えました。投票数はリセットされているので、過去に投票した人も再びの参加をお待ちしております。
※おニャン子クラブ全メンバーが対象の本格的なアンケートは『こちらのページ』から!
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※こちらのアンケートは簡略版です。以下で示す『完全版』が本番のアンケートになりますので、そちらでの投票もお願いします。
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