ブルーリボン賞助演女優賞一覧

ブルーリボン賞で助演女優賞を獲得した人の一覧です。

【ブルーリボン賞とは?】
東京にあるスポーツ新聞の映画担当記者が選ぶ映画賞。
1951年度からの開催だが、1966年度で一旦廃止され1975年度に復活している。

銀幕からアイドルへ『薬師丸ひろ子』

薬師丸ひろ子プロフィール

生年月日 1964年6月9日
芸能界入り 映画『野性の証明』オーディション
キャッチフレーズ
レコードデビュー 1981年11月21日(セーラー服と機関銃)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
1984年度ブルーリボン賞主演女優賞(Wの悲劇)
2005年度日本アカデミー賞最優秀助演女優賞(ALWAYS 三丁目の夕日)
2005年度キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞(ALWAYS 三丁目の夕日、他)
2005年度ブルーリボン賞助演女優賞(ALWAYS 三丁目の夕日、他)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
1997年4~6月主演女優賞(ミセスシンデレラ)
紅白歌合戦出場回数
(2020年まで)
1回(その他特別出演あり)
代表曲
()内はオリコン最高順位
81年:セーラー服と機関銃(1位)
83年:探偵物語(1位)
84年:元気を出して(アルバム)
84年:メイン・テーマ(2位)
84年:Woman “Wの悲劇”より(1位)
85年:あなたを・もっと・知りたくて(2位)
他多数
ホームページhttps://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A008188.html
https://www.universal-music.co.jp/yakushimaru-hiroko/

2021年6月2日、“名作『Wの悲劇』”の項目を追記。


水着キャンペーンガールの一覧

以前記載した1990年代に一大ブームを起こすグラビアアイドルと密接に関係する存在として、水着キャンペーンガールも忘れてはなりません。
1960年代後半に登場した水着キャンペーンガールは、グラビアアイドルが誕生するまで水着を着た若い女性の代表として君臨していました。
しかしキャンペーンガールの目的はあくまで採用された企業のアピール活動が主であり、就任期間中にキャンペーンガールと関係のない形でテレビ番組に出演する人はほとんどおらず、結果バラエティ番組で大活躍をするグラビアアイドルに取って代わられていきます。
そもそも水着キャンペーンガールは世間にあまり知られていないようなモデルが選ばれるケースが多く、稀にアイドルなどの有名芸能人が混じっている程度でした。

このように個人としての主張が強くなかった水着キャンペーンガールですが、キャンペーン活動終了後に芸能界で活躍した人は多数存在しています。
特にこの傾向が強まるのが1980年代後半以降で、1990年代はキャンペーンガール出身者が芸能界で大活躍することとなりました。

※2021年4月24日、水着キャンペーンガール就任者の情報を新たに追加しました。
※2021年4月24日、詳細な情報を紹介する人物を大幅(80人程度)に増やしました。



分散化する90年代アイドル② 『グラビアアイドルの台頭』

1990年代に既存のアイドル定義が崩れ去った最大の原因は“グラビアアイドル”の存在にあります。
1990年以前にもグラビアで活躍するモデルや水着キャンペーンガールなどはいましたが、1990年以降に誕生するグラビアアイドルはこういった人たちと微妙に異なる存在でした。
1980年代までのグラビアモデルや水着キャンペーンガールは足が長くスラッとしたスタイル(俗に言うモデル体型)の人がほとんどなのですが、グラビアアイドルはモデル体型というよりもグラマラスで健康的なスタイルの人がほとんどです。

更に、1980年代までのグラビアモデルや水着キャンペーンガールと1990年代以降のグラビアアイドルには活動的な違いもあります。
水着キャンペーンガールはテレビなどで紹介されることがあっても、水着を着ている女性としてだけの扱いで全く会話をしないか簡単な自己紹介をする程度でしかありませんでした。
一方、グラビアアイドルはバラエティ番組にどんどん出演し、その中でトークはもちろんゲーム、コント、レポーターなど様々な活動を行っていました。
これは1980年代までのアイドル(アイドル歌手)が行っていたことであり、そのため彼女たちのことをグラビアモデルではなく“グラビアアイドル”という名前で呼ぶわけです。
1990年代は歌番組がなくなってきているので、グラビアアイドルのような歌手以外の活動をメインとした新しいアイドル像が誕生するのも当然といえば当然の話と言えるでしょう。

こういった当時の状況について、分かりやすい例がいくつかあります。
例えば1990年に一回終了した女性アイドルを対象とするコンテスト『ミスマガジン』は、『ミスヤングマガジン』としてグラビアアイドルに特化する形で1996年に復活、ヤングマガジンのライバル誌のヤングジャンプも『全国女子高生制服コレクション』として同じようなコンテストを1992年から実施しています。
更に、1992年に始まった『フジテレビビジュアルクイーン』は1995年あるいは1996年以降にグラビアドルに特化したプロジェクトに変化し、同様のシステムとして『日テレジェニック』も1998年から始まります。
以上のことから分かるように、1990年代中盤以降は何かとグラビアアイドルが注目される時代だったのです。

この時代、特に台頭したグラビアアイドル系の芸能事務所が『イエローキャブ』で、雛形あきこ、山田まりあ、小池栄子、佐藤江梨子などの有名グラビアアイドルを次々と世に送り出します。
また、1990年代後半以降には新たな勢力(芸能事務所)として、『アバンギャルド』や『アーティストハウス・ピラミッド』所属のグラビアアイドルも台頭してきました。

当サイトではこのようなグラビアアイドルのことをあまり大きく扱いませんので、この場で一気に紹介させていただきます。

※2021年4月5日、レースクイーン出身者の情報を追加しました。


アイドルの定義とは?アイドルと女優・歌手との境目について

皆さん、アイドルの定義について考えたことはありますか?

アイドルなんて深く考えなくても見れば判断がつくと思う人もいるかもしれませんが、ではアイドルと女優や歌手の違いは何でしょうか?
例えば、浅野ゆう子はアイドル(元アイドル)として扱われるのに、浅野温子はアイドル(元アイドル)として扱われないのは何故でしょう。
浅野温子以外にも、同じ1970年代に芸能界デビューした秋吉久美子、大竹しのぶ、名取裕子、夏目雅子、原田美枝子、紺野美沙子、手塚理美らは、若くて容姿端麗でありアイドルとして扱ってもいいと感じるかもしれませんが、アイドル扱いされることは基本的にありません。

※2020年12月、女優の一覧を追記。
※2021年2月13日、女優の一覧に補足データを追記。


アイドルの定義が崩壊した1990年代・・・アイドルに入れるかどうか悩んだ人たち

以前、アイドルと女優や歌手との境目について記事を書きましたが、1990年代中盤になると『アイドル=アイドル歌手』という定義が崩れ去り、アイドルの定義は複雑化していきます。
歌手デビューしていない人もアイドルの可能性があるとすると、若手女優などが全てアイドルであるかどうかの審査対象となっていまうのです。
例えば、松たか子は女優が本業ですが、歌手デビューもしていてNHK紅白歌合戦にも出演しています。
しかし、歌がアイドルっぽくないからか家柄なのかよくは分かりませんが、彼女がアイドルとして扱われることは基本的にありません。
一方、広末涼子や深田恭子は女優業が本業でもアイドルとして扱われることが多くなっています。
こういったアイドルとして扱われる女優と扱われない女優の線引きは難しいですが、アイドルと見なす基準としては歌手活動以外にも、

写真集や雑誌(男性向け雑誌)などでのグラビア活動の多さ
バラエティ番組などへの出演の多さ

というものが判断材料になります。

通常の女優は男性向け雑誌でのグラビア活動をほとんど行わず、ましてや水着になることなどまずありませんし、写真集を出したとしてもアイドル写真集とは明らかに趣向が違うものになります。
バラエティ番組などへの出演も番宣がてらのゲスト出演程度です。
この判断基準でアイドル女優と通常の女優は大まかに分類できますが、境い目を具体的に説明することは不可能で、その基準は人それぞれの感性で決めるしかありません。
特に1990年代は、グラビアアイドルも誕生してアイドルの定義がより複雑化しているので、その判断は困難を極めます。