横浜音楽祭最優秀新人賞一覧

横浜音楽祭の最優秀新人賞獲得者一覧です。

【横浜音楽祭とは?】
ラジオ局『ニッポン放送』主催の新人特化型音楽賞。
開始は1974年、終了は1991年。

90年代のアイドルグループ完全一覧&メンバーまとめ

80年代アイドルは基本的にソロで活動をしていましたが、1990年代に入るとグループ型のアイドルが増え、アイドルグループの全盛期を迎えます。
特に『夕やけニャンニャン』と『おニャン子クラブ』のような、テレビ番組とタイアップされたアイドルグループが次々と誕生していきました。
また、地下アイドルなどと言われるマイナーなアイドルが登場しだしたのもこの時期でした。

しかしアイドルグループが次々と誕生したということは、出来ては消えるを短期間で繰り返したということであり、グループ内で芽の出なかったメンバーたちは別のグループに再加入するということが1990年代のアイドル界では頻繁するのです。
このように、1990年代のアイドルグループメンバーには意外な横の繋がりがあったりして面白いので、90年代アイドルグループについては70年・80年代のアイドルグループの記事よりも内容を大幅にボリュームアップしてまとめていきたいと思います。(本当に物凄いボリュームの記事になったので覚悟してお読みください)
また、90年代アイドルグループの中には後の芸能界で大活躍する人たちも多数存在していて、この人が元アイドルだったのかと驚くケースも多々あるかと思います。

※有名なアイドルグループや個人については(名前の背景が青い場合は)個別の記事を書いているで、名前をクリックしてリンク先で詳細な情報をご覧ください。
※セクシー系グループは別記事でまとめています。
※2020年10月11日大幅に加筆・修正
※2021年3月17日紹介するグループを9組追加。
※2021年4月1日紹介するグループを2組追加。
※2021年4月7日紹介するグループを7組追加。


主要音楽祭の受賞者一覧!賞レースに翻弄されたアイドルたち

1970年代後半から1980年代には1年に1回開催される形の音楽賞が多数ありました。
そんな音楽賞における大賞相当の賞および最優秀新人賞相当の賞の受賞者を、この場で一覧化していきたいと思います。
対象とする期間は、当サイトで扱う1970年から90年代アイドルの影響が残る2003年までです。
また、音楽賞ではないですがゴールデン・アローの結果も別途示します。

※2021年2月13日、書き順を変えてより見やすいように修正しました。



タッチの主題歌で大復活『岩崎良美』

岩崎良美のプロフィール

生年月日 1961年6月15日
芸能界入り 姉の仕事現場でのスカウト
キャッチフレーズ
レコードデビュー 1980年2月21日(赤と黒)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
1980年日本テレビ音楽祭最優秀新人賞
1980年横浜音楽祭最優秀新人賞
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1980年度音楽新人賞
日本アカデミー賞受賞歴
(最優秀賞、新人賞)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2020年まで)
1回
代表曲
()内はオリコン最高順位
85年:タッチ(12位)
85年:愛がひとりぼっち(10位)
85年:青春(B面)
86年:チェッ!チェッ!チェッ!(15位)
他多数
ホームページ
岩崎良美(歌手・女優)のNew Information(新着情報)、イベント&メディアへの出演情報、最新ReleaseMusic情報、プロモーションMusic Video情報、公式ブログへのリンク、公式ツイッターへのリンク等がある。...ヒット曲は数多く中でもアニメソング『タッチ』が有名。「ありふれた奇跡のうた」「愛し...
岩崎 良美のプロフィール紹介。舞台・映画・テレビドラマの俳優の出演依頼は東京都渋谷区の芸能プロダクション~株式会社ノックアウトにお気軽にお問い合わせください。舞台経験豊富な俳優が数多く所属しております。

※プロフィール紹介のみとなります。


早すぎる死・・・『本田美奈子』

本田美奈子プロフィール

生年月日 1967年7月31日(没年:2005年11月6日)
芸能界入り スカウト(『スター誕生!』は決勝大会で落選)
キャッチフレーズ 美奈子、あなたと初めて♥
好きといいなさい!
レコードデビュー 1985年4月20日(殺意のバカンス)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
1985年日本歌謡大賞優秀放送音楽新人賞
1985年FNS歌謡祭最優秀新人賞
1985年メガロポリス歌謡祭最優秀新人ダイヤモンド賞
1985年新宿音楽祭金賞
1985年横浜音楽祭最優秀新人賞
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1985年音楽新人賞
1986年グラフ賞
1992年演劇新人賞
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2004年まで)
0回
代表曲
()内はオリコン最高順位
85年:Temptation(誘惑)(10位)
86年:1986年のマリリン(3位)
86年:Sosotte(3位)
87年:Oneway Generation(2位)
90年:SHANGRI-LA(62位)
94年:つばさ(62位)
他多数
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悲運のクラス・・・堀越学園芸能コース1986年卒業組

岡田有希子が自ら命を絶ったのは、18歳の高校を卒業してまもない1986年4月8日のことでした。
そんな彼女が亡くなる1ヶ月前まで通っていた高校は、芸能人御用達の学校として知られる堀越学園で、岡田有希子は堀越学園の1学年1クラスしかない芸能コース(D組)の1985年度卒業生ということになります。
実はこの堀越学園1985年度D組卒業生の中に、若くして亡くなった著名なアイドルがもう1人います。
それが2005年に白血病で亡くなった本田美奈子で、この2人は高校の同級生だったのです。

しかし堀越学園1985年度D組卒業生で若くして亡くなったのはこの2人だけではありません。
1999年には本田美奈子と同じ白血病で菊池陽子亡くなり、2010年には松平健の後妻として知られる松本友里が岡田有希子と同様に自ら命を絶ちました。
このように、堀越学園の1985年度D組卒業生は悲劇のクラスと言って過言ではなく、このクラスの同級生たちは彼女たちの死を胸に刻みながら生きているのです。
このことは是非知ってもらいたいことなので、以下、堀越学園1985年度D組卒業生をまとめていきます。(3人しかいない男子は除く)