第2の吉永小百合にも成り得た逸材『広末涼子』

広末涼子プロフィール

90年代アイドルの広末涼子

生年月日 1980年7月18日
芸能界入り 第1回クレアラシル『ぴかぴかフェイスコンテスト』グランプリ
出世作 CM『クレアラシル(P&G)』(1995年春)
CM『ポケットベル(NTTドコモ)』(1996年3月)
CDデビュー 1997年4月15日(MajiでKoiする5秒前/とまどい)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1996年グラフ賞
1997年音楽新人賞
1997年新人賞
2003年演劇賞
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
1997年度アカデミー賞新人俳優賞(20世紀ノスタルジア)
1997年度毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞(20世紀ノスタルジア)
2008年度ヨコハマ映画祭助演女優賞(おくりびと)
2012年度ブルーリボン賞助演女優賞(鍵泥棒のメソッド)
2022年度キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞(あちらにいる鬼、他)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
1996年7~9月新人俳優賞(将太の寿司)
1997年7~9月助演女優賞(ビーチボーイズ)
2000年7~9月助演女優賞(Summer Snow)
2000年10~12月助演女優賞(オヤジぃ。)
2003年7~9月助演女優賞(元カレ)
紅白歌合戦出場回数
(2025年まで)
1回
代表曲
()内はオリコン最高順位
97年:MajiでKoiする5秒前(2位)
97年:大スキ!(1位)
97年:風のプリズム(6位)
98年:summer sunset(5位)
98年:ジーンズ(4位)
他多数

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目次

CM出演で人気爆発

アイドル冬の時代と言われた1990年代にも人気者になったアイドルは多数います。
しかし、それらのアイドルと比べても広末涼子の人気は抜き出ていて、ブームやフィーバーと呼べるようなものにまで発展していきます。

そのきっかけとなったのがCMへの出演でした。

まず最初に、芸能界入りのきっかけとなったオーディションの商品であるクレアラシルのCMに出演した広末涼子は、続いて1996年春にNTTドコモのポケベルに出演します。
当時、ポケベルは若者の間で必須アイテムとなっており、日本が誇る大企業であるNTTドコモはポケベルのCMを数多く流します。
広末涼子を全面に映し出したシンプルな構成だったこのポケベルのCMが徐々に大きな話題となっていき、同年秋に写真集を2冊同時に発売するなど、広末涼子の人気は高まっていくのです。

分散化する90年代アイドル①『CMガール』
1980年代終盤以降、理由は分かりませんがCM出演から一躍スターダムに駆け上がる女性芸能人が増え始めます。(結局、理由も考察したので以下でご覧ください)本来、CMとしての宣伝効果を狙うなら新人芸能人より既に著名な芸能人を使ったほうが効果的な...

歌手としての広末涼子

ポケベルのCMで話題となった広末涼子は、いくつかのドラマに枠役として出演した後の1997年4月15日、『MajiでKoiする5秒前』で歌手デビューします。
そしてそのデビューシングルをいきなり60万枚も売り上げ、2ndシングルもオリコン1位のヒットとなりました。
更に年末のNHK紅白歌合戦に松田聖子と岩崎良美以来17年振りとなるデビュー年での出場を果たし、歌手としても大成功を果たすのです。

歌手活動は、本業の女優業を優先するため2000年11月8日に発売した7枚目のシングル『果実』で終了しました。

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人気ドラマ『ビーチボーイズ』への出演

人気が絶頂に達した広末涼子は、1997年に夏に『ビーチボーイズ』という話題のドラマに出演します。(ビーチボーイズの平均視聴率は23.7%で、全話通して20%以上の視聴率を獲得した)
広末涼子の出演ドラマとして未だにこのドラマをイメージする人が多数いるようですが、実際に『ビーチボーイズ』における広末涼子の役どころは3番手から5番手程度で、ヒロインや主役クラスではありませんでした。
にもかかわらず、未だに広末涼子の出演ドラマとして『ビーチボーイズ』の名が挙がるということは、当時の広末涼子人気の高さを物語っているかと思います。

広末涼子は第二の吉永小百合?

高校を卒業した広末涼子は、私立大学の難関である早稲田大学に進学します。
高校生時代からトップアイドルとして活躍していた人が早稲田大学に進学することは異例中の異例ですが、過去に1人だけ該当する人がいました。

それが吉永小百合です。

吉永小百合は1962年の高校生時代に映画『キューポラのある街』に主演しブルーリボン賞の主演女優賞を最年少で獲得します。(この最年少記録は未だに破られていない)
更に同年末には橋幸夫とのデュエット『いつでも夢を』で日本レコード大賞も獲得するなど、圧倒的な人気を得ていました。
このような似通った境遇から、広末涼子は吉永小百合と比べられるようになっていきます。

早稲田大学には仕事の関係なのか入学から数か月間は登校ぜきず、初登校は1999年6月26日と入学からおよそ3か月後になってしまいましたが、この際はマスコミ、ファン、その他野次馬などが3000人も大挙し大騒動となるなど、当時の広末涼子はフィーバーと呼べるほどの人気を得ていました。

広末涼子の奇行騒動

2001年夏から始まったドラマ『できちゃった結婚』に出演していた広末涼子に対し、撮影中に数々の奇怪な行動をしているとの報道がなされます。
この報道は週刊誌報道でしたが、1社ではなく複数の週刊誌で行われていたため、話の誇張はあっても全く事実無根ということではないでしょう。
広末涼子は中学生の頃から一気に人気者となっており、通常の人と比べ物にならないような大きなプレッシャーやストレスを感じていると思われ、そういったことが数々の奇行に繋がっているのかもしれません。
しかしそのような事実を考慮しても、この奇行報道は広末涼子が今まで築き上げてきたイメージとはかけ離れており、一気に人気を落としていくのです。
更に2003年12月15日には、モデルの岡沢高宏とドラマのタイトル通りできちゃった結婚をし、苦労して入った早稲田大学もこの結婚の2か月前に退学してしまいました。

このように、広末涼子は第二の吉永小百合と言えるような存在にはなれず仕舞いとなってしまうのです。
これは残念でならないと共に、広末涼子以上のプレッシャーやストレスを抱える立場だった吉永小百合が、スキャンダルめいたものがなく大女優にまで成長していったことは驚くばかりです。

その後の広末涼子

その後の広末涼子は、岡沢高宏と2008年に離婚し、2010年にキャンドルアーティストの『Candle JUNE』というかなり強烈な人物と再びできちゃった結婚をします。
子供は岡沢高宏との間に1人、Candle JUNEとの間に2人の計3人で、現在は子育てをしながら女優として活躍しています。

私の好きな広末涼子楽曲

私が1番好きな広末涼子の楽曲は、2ndシングルの

大スキ!

です。
それとデビュー曲の『MajiでKoiする5秒前』もお気に入りです。

当時、自分は広末涼子が歌手デビューすることに対して否定的に考えていました。
既に大きな人気を得ているのですから、無理に歌手デビューする必要はないと思いましたし、万が一歌唱力などが期待外れだったら人気的にマイナス効果にすらなりかねないと思ったのです。
しかし広末涼子は当時のアイドルとして圧倒的正解な歌唱力でした。
上記したデビューからの2曲は、楽曲はもちろん声質も歌い方も全てにおいてちょうど良いもので、自分が感じた不安などどこ吹く風で広末涼子の人気を高めるものとなりました。

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広末涼子のMV(公式)

クイズ

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