台湾の妖精『ビビアン・スー』

ビビアン・スーのプロフィール

90年代アイドルのビビアン・スー

生年月日 1975年3月19日
芸能界入り 『台湾美少女芸能コンテスト』グランプリ ※台湾での活動
初出世作 ドラマ『Missダイヤモンド』(1995年10月)※日本での初出世作
CDデビュー 1991年(我的心要去旅行)※『少女隊』名義での台湾デビュー
1995年10月25日(くちびるの神話)※日本デビュー
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
ドラマアカデミー賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2025年まで)
年まで)
2回(内1回は特別出演)
※『ポケットビスケッツ&ブラックビスケッツ』として
代表曲
()内はオリコン最高順位
97年:STAMINA(2位)
98年:Timing(2位)
他多数
※全て『ブラックビスケッツ』として

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目次

ビビアン・スーは本省人と原住民のハーフ?

説明するまでもありませんが、ビビアン・スーは台湾人です。
台湾人には歴史的に本省人、外省人、原住民という区分けがあります。
本省人とは第二次世界大戦終結前に台湾に移り住んだ漢民族とその子孫で、外省人とは第二次世界大戦後の台湾に移り住んできた漢民族とその子孫のことを指しています。
それ以外の古い時代から台湾に住んでいた人の子孫は原住民で、割合は本省人が85%、外省人が13%、原住民は2%に満たないそうです。
日本にやってきた台湾人でいうと、ジュディ・オングが本省人でテレサ・テンが外省人です。

ビビアン・スーは父親が本省人で母親がタイヤル族という原住民なのですが、台湾の原住民は中国よりも東南アジア系の人種に近いようで、顔立ちも日本人・中国人・韓国人などとは一風変わっています。
ビビアン・スーも台湾原住民の血を半分引いているので、通常の台湾人と若干顔立ちに違いがあるものと思われます。

台湾での芸能活動

台湾時代のビビアン・スーは、『少女隊』というどこかで聞いたことのあるような3人組のアイドルグループで活動をしていました。
しかし、あまり目立った活躍はなく『少女隊』としての活動は3年で終了し、19歳(撮影時は18歳)のときに香港映画の『笑林小子』に出演して、以降は女優としての活動をメインとします。
続いて出演した『終極獵殺』(日本語題名:ビビアン・スーの天使の戯れ)ではヌードを披露し、以降、アダルティな仕事が多くなっていきました。

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『アジアの妖精』日本進出!

19歳のときに発売したヌード写真集が日本で話題となったこともあって、ビビアン・スーは『アジアの妖精』という触れ込みで日本に進出します。
1995年10月には、テレビアニメ『バーチャファイター』のエンディング曲『くちびるの神話』で日本における歌手デビューも果たします。
台湾時代にアダルティな仕事をしていたビビアン・スーは、日本の進出にかなり懐疑的だったようですが、どういうわけか裸になるわけでも勝手に人気が上がっていきました。
このことに1番驚いたのは、おそらく当人だったのではないでしょうか?

ウリナリの出演とブラックビスケッツの結成

日本で人気を得たビビアン・スーは、当時放送していた『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』(以下、ウリナリ)という番組にレギュラー出演し、番組内で『ブラックビスケッツ』という音楽ユニットにボーカルとして参加します。
当初のブラックビスケッツは、『ポケットビスケッツ』というオーディション番組『ゴールド・ラッシュ!』の初代グランドチャンピオンだった千秋がボーカルを務めるユニットの対抗として登場したプロレスのヒール軍団のような存在でした。
メンバーは、南原清隆演じる南々見狂也、天野ひろゆき演じる天山ひろゆき、ビビアン・スーという構成で、実際に当時流行していたプロレスのヒールユニット『NWO』を模しており、活動末期には中国人のケディも参加しています。

ポケットビスケッツとブラックビスケッツはウリナリ内で度々対決し、お互いの人気を高めていき1998年のNHK紅白歌合戦に2組セットで出場しています。

ブラックビスケッツの誕生秘話

ここので少しブラックビスケッツが誕生するまでの話をしたいと思います。
ブラックビスケッツ誕生の前提となる企画は、南原清隆扮する天才音楽プロデューサー・南々見一也が、居酒屋で見かけた新人アイドルの高山理衣を歌手として世界に売り出すというコント仕掛けのもので、その他の登場人物は

南々見の事務所社長:国生さゆり
南々見のマネージャー:勝俣州和
高山理衣の事務所社長役:室井滋
高山理衣のマネージャー:ウド鈴木
居酒屋の店長:内村光良
居酒屋の看板娘:千秋

という構成でした。
結局、高山理衣は3人組の女性のユニットとして売り出されることが決まり、他の2人は国生さゆりと室井滋が選ばれ『McKee』として1996年2月18日にフィリピンでデビューします。

このメンバーに選ばれなかった千秋を売り出すために、内村光良が演じるテルがプロデュースするという設定の『ポケットビスケッツ』もデビューすることとなり、McKeeとポケットビスケッツは同日(1996年4月17日)発売のCD売り上げで勝負することとなりました。
結果はポケットビスケッツの勝利で、McKeeは自然消滅という憂き目に会います。
一方のポケットビスケッツは、2ndシングル『YELLOW YELLOW HAPPY』と3rdシングル『Red Angel』でミリオンセラーを達成するなど大きな人気を得ていきます。(ただしCDは500円と安価であった)
このポケットビスケッツの人気にあやかって結成されたのがブラックビスケッツなのです。
ブラックビスケッツの2ndシングル『Timing』は140万枚以上の売り上げとなり、ポケットビスケッツ以上の好成績を記録します。(この影響によりポケットビスケッツは一時解散する羽目になる)

つまり、ポケットビスケッツ自体がメイン企画の対抗として誕生したユニットであり、ブラックビスケッツはそのまた対抗というメイン企画から外れに外れたユニットだったわけです。
それが150万枚近くものCDを売り上げるというのですから、芸能という仕事は分からないものです。
また高山理衣の気持ちを考えると、自身を売り出す企画が他人に奪われそれが大ヒットし、更に自身は芸能界であまり活躍できなかったのですから心中を察するに余りある状況と言えます。(しかも高山理衣はめちゃくちゃ可愛かった)

ビビアン・スーはなぜ日本で売れたのか?

ウリナリ出演時のビビアン・スーはブラックビスケッツ以外の企画にも参加し、体を張ったり普通の女性なら恥ずかしいようなことも積極的に行っていました。
おそらくビビアン・スーの中には、台湾であまり芸能活動があまり上手く行かずアダルティな仕事ばかりになっていたという過去があったので、必要以上に日本での芸能活動を頑張っていたのでしょう。

ビビアン・スーが日本で人気が出た理由を明確に説明できる人はおらず、おそらく偶然がかなり作用していると想定されます。
ブラックビスケッツがブレイクした理由に限っては、偶然が何個も重なっていることは上記した通りです。
以上のようにビビアン・スーは日本に来て人生が良いほうへ良いほへと勝手に転がっていった感が強いのですが、表に見えない努力は相当していたものと思われ、日本への進出は人生を変える1つのきっかけに過ぎなかったように感じます。

ちなみに、日本進出以降のビビアン・スーは一切ヌードを伴う仕事をしていません。

ビビアン・スーの現在

ウリナリが2002年に終了した後も、しばらく日本で活動していたビビアン・スーでしたが、2003年に故郷の台湾に帰国します。
言語の問題もあり日本ではバラエティ的な扱いが中心になってしまうため、女優として活動するには中国語(北京語)圏に生活の拠点を移したほうがいいとの判断からでした。
実際に台湾帰国後は中国語圏で女優を中心に活動を行っています。

プライベートでは、2014年に大手海運業社の社長と結婚しセレブな生活を送っていたようですが、2023年12月に離婚を発表します。
日本での活動としては、2022年12月3日放送の『日テレ系音楽の祭典 ベストアーティスト』にブラックビスケッツとして出演した他、2023年12月31日放送のNHK紅白歌合戦にもポケットビスケッツと共にブラックビスケッツとして出演しています。

私の好きなブラック・ビスケッツ楽曲

私が1番好きなブラック・ビスケッツの楽曲は、

Timing

です。
台湾の芸能界でなかなかうまく行かずヌードになるなどしたビビアン・スーが日本に来てバラエティ番組で活躍し、あれよあれよとCDデビューに至り150万枚に迫る大ヒット・・・
人生って本当にタイミングが大切なんですね。(;^_^A

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ビビアン・スーの動画

ビビアン・スーのオススメ商品

Natural Beauty [CD+DVD]

こちらは、7年振りとなる2010年に発売されたビビアン・スーのアルバムで、初回限定版にはミュージックビデオやメイキング映像を収めたDVDが付いてきます。

運命のファイナルステージ ウリナリ祭り完全版 [DVD]

こちらは、ビビアン・スーが日本で活躍するきっかけとなった番組『ウリナリ』の最後の活動をまとめたDVDとなります。

クイズ

只今制作中・・・
少々お持ちください。m(_ _)m

アンケート

2023年4月、ブログのリニューアルに伴いアンケートを新しいものに差し替えました。
投票数はリセットされているので、過去に投票した人も再びの参加をお待ちしております。
※110組以上から選択可能な本格的なアンケートは『こちらのページ』から!
あなたの好きな90年代アイドルは?(簡略版)

選択肢が足りない(増やす)
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※こちらのアンケートは簡略版です。以下で示す『完全版』が本番のアンケートになりますので、そちらでの投票もお願いします。

※その他のアンケート・人気投票は『アンケート記事の一覧』から!

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【更新履歴】
2021年03月22日:プロフィール情報の記載、オススメ商品の記載
2023年03月01日:SNS情報の記載、動画の埋め込み
2023年04月20日:記事(文章部分)の一部記載
2023年12月31日:プロフィール情報の更新、記事(文章部分)の完成
1995年デビュー
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プロフィール
究極DD(管理人)
【自己紹介】
名前:究極DD
年齢:思ったより若い
所在地:関東平野(情報が関東に偏る)
性格:生まれ持ってのデータ厨
好きなもの:女性アイドル
好きな番組:ザ・ベストテン
好きなドラマ:大映ドラマ
嫌いなもの:男性アイドル
専門分野:90年代の女性アイドルグループ
Twitter:https://twitter.com/idol20th
【サイト説明】
近年、You Tubeなどの動画サイトの影響か、中高生などの若い世代に70年代アイドル・80年代アイドル・90年代アイドルなどのファンが増えているそうです。
その一方で、インターネット環境の変化からサイトの閉鎖が相次ぎ、かつてネット上で書かれていたアイドルの情報が損失していっています。
自分はアイドルオタクというほどアイドルにハマっていたわけではありませんが、若い世代に20世紀に活躍したアイドルたちのことを語り継いでほしいので、自分の知り得るアイドルの情報を今のうちに書き残していきたいと思います。
アイドルブームの時代を生きた一般人目線のアイドル論を是非ご覧ください!
※執筆依頼は、『執筆依頼について』を参照してください。
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