『くちびるNetwork』より前の曲で岡田有希子が『ザ・ベストテン』にランクインしたのは4曲10回で、最高ランキングは7位(二人だけのセレモニー、Summer Beach)、1曲当たりの最多ランクイン回数は3週(二人だけのセレモニー、Summer Beach)でした。
それが『くちびるNetwork』で、最高ランキング4位、ランクイン回数5週と一気に前作までの記録を超えます。
この時期の『ザ・ベストテン』のランキングはとても興味深いものとなっているので、以下紹介します。
1986年2月13日放送回
1位:仮面舞踏会(少年隊)
2位:歌謡曲(とんねるず)
3位:ダンシング・ヒーロー(荻野目洋子)
4位:くちびるNetwork(岡田有希子)
5位:バナナの涙(うしろゆびさされ組)
6位:冬のオペラグラス(新田恵利)
7位:トラ!トラ!トラ!(シブがき隊)
8位:キャンドルの瞳(吉川晃司)
9位:バレンタイン・キッス(国生さゆり)
10位:フレンズ(レベッカ)
女性アイドル率:5/10
1986年2月20日放送回
1位:DESIRE(中森明菜)
2位:歌謡曲(とんねるず)
3位:仮面舞踏会(少年隊)
4位:ダンシング・ヒーロー(荻野目洋子)
5位:くちびるNetwork(岡田有希子)
6位:バナナの涙(うしろゆびさされ組)
7位:バレンタイン・キッス(国生さゆり)
8位:1986年のマリリン(本田美奈子)
9位:冬のオペラグラス(新田恵利)
10位:色・ホワイトブレンド(中山美穂)
女性アイドル率:8/10
1986年2月27日放送回
1位:DESIRE(中森明菜)
2位:1986年のマリリン(本田美奈子)
3位:仮面舞踏会(少年隊)
4位:バレンタイン・キッス(国生さゆり)
5位:My Revolution(渡辺美里)
6位:くちびるNetwork(岡田有希子)
7位:歌謡曲(とんねるず)
8位:ダンシング・ヒーロー(荻野目洋子)
9位:Broken Sunset(菊池桃子)
10位:色・ホワイトブレンド(中山美穂)
女性アイドル率:7/10
1986年3月6日放送回
1位:DESIRE(中森明菜)
2位:1986年のマリリン(本田美奈子)
3位:OH!!POPSTAR(チェッカーズ)
4位:My Revolution(渡辺美里)
5位:くちびるNetwork(岡田有希子)
6位:仮面舞踏会(少年隊)
7位:バレンタイン・キッス(国生さゆり)
8位:Broken Sunset(菊池桃子)
9位:色・ホワイトブレンド(中山美穂)
10位:歌謡曲(とんねるず)
女性アイドル率:6/10
1986年年3月13日放送
1位:DESIRE(中森明菜)
2位:OH!!POPSTAR(チェッカーズ)
3位:My Revolution(渡辺美里)
4位:1986年のマリリン(本田美奈子)
5位:色・ホワイトブレンド(中山美穂)
6位:くちびるNetwork(岡田有希子)
7位:じゃあね(おニャン子クラブ)
8位:仮面舞踏会(少年隊)
9位:純情物語(近藤真彦)
10位:ダンシング・ヒーロー(荻野目洋子)
女性アイドル率:6/10
『くちびるNetwork』が岡田有希子にとって最大のヒット曲であることは説明するまでもありませんが、それ以外にもこの時期は1980年代のトップアイドルたちが自身の代表曲を軒並み発売していました。
1985年11月21日、『ダンシング・ヒーロー』発売(荻野目洋子の最大のヒット曲)※
1986年1月1日、『冬のオペラグラス』発売(新田恵利の最大のヒット曲)
1986年1月21日、『バナナの涙』発売(うしろゆびさされ組の最大のヒット曲)
1986年1月29日、『くちびるNetwork』発売(岡田有希子の最大のヒット曲)
1986年2月1日、『バレンタイン・キッス』発売(国生さゆりの最大のヒット曲)
1986年2月3日、『DESIRE』発売(中森明菜のレコード大賞受賞曲)
1986年2月5日、『1986年のマリリン』発売(本田美奈子の最大のヒット曲)
1986年2月21日、『じゃあね』発売(おニャン子クラブ最大のヒット曲)
※荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』は、発売からヒットまで少し時間がかかっている。
これに加え、レベッカの最大のヒット曲『フレンズ』(1985年10月21日)、渡辺美里の最大のヒット曲『My Revolution』(1986年1月22日発売)なども同時期にヒットし激しくランキングを争います。
結果、この時期の『ザ・ベストテン』は女性の出演率が集中して高くなりました。
そして岡田有希子が自ら命を絶ったのは最後のランクイン(番組出演)から1ヶ月も経過しておらず、その衝撃度は本当に凄まじいものだったのです。
岡田有希子はザ・ベストテン最後の出演で中山美穂と一緒に登場しているのですが、中山美穂にとっては岡田有希子の死の衝撃は他の人より大きかったかもしれません。
なぜかと言うと、デビュー当時から中山美穂と行動を共にしていた親友の遠藤康子も1986年3月30日に自ら命を絶っているのです。
中山美穂からしてみると、親友とほんの1ヶ月前に共演した同時代のアイドルの2人が突然この世からいなくなったわけですか、そのショックは想像を絶するレベルに達していたことでしょう。
更に、岡田有希子の同級生で同時期に『1986年のマリリン』でランクインしていた本田美奈子も白血病で亡くなっており、『くちびるNetwork』がランクインしていた時期の『ザ・ベストテン』には複雑な想いを感じざるを得ない状況となっています。
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